裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
「どう? 楽しかった?」
「いこーき! ぶんぶん」
 樹がパチパチと拍手をした。
 ふたりタッチをして別れる。遼一がまた後でというように目配せをした。
 ボーイングビレッジを歩きながらロビーに出るが、和葉はすぐに出口へ向かわずに振り返り、さっきまで乗っていた青い機体を見る。樹がまた手をパチパチと叩いた。
「いこーき!」
「かっこよかったね」
 ふふふと笑って、ぴかぴかの笑顔を見つめる。
 その時ふいに、トンという音が聞こえたような気がした。
 遼一への愛に抗えず沈み続けていた沼の底に、足がついた音だ。
 今日の出来事を樹は覚えていないだろう。けれど和葉は忘れずに、いつか彼に話そうと思う。
 彼の父親は、素晴らしいパイロットだということを。夫婦にはなれなかったけれど、母は彼を心から尊敬していたと。
 そして、胸を張ってそれを伝えるためには、今の遼一との関係は終わらせるべきだとはっきり思う。
 樹を産むと決めた時、はじめから完璧な母でなくていいと叔母は言った。和葉はその言葉を頼りにがむしゃらにやってきた。まだ全然完璧じゃないけれど、少なくとも樹に恥じない母親であり続ける努力はしていたい。これからもずっと……。
 ——もう、やめよう。
 自然と勇気が湧いてきた。
 両足で沼の底を思い切り蹴ると、身体がぐんぐん浮上する。そして外の世界が見えた。
 東京に帰ったら、遼一との関係を終わらせる。
 目の前に広がる晴天の空と同じくらい晴れ晴れとした気持ちで、和葉はそう決意した。
 
 キラキラとした夜景の向こう光の橋がかかる夜の海をオレンジ色の光が進んでいく。門司港の夜景クルーズの遊覧船だ。
 門司港を望むホテルの一室、ベットガードをした広いベッドに、樹がすやすやと眠っている。今日は朝から飛行機に、観光にと大忙しだった。ほとんどをご機嫌で過ごしたけれど、やはり疲れたのだろう。
 午後九時を回った今は夢の中だ。
 寝室とは別室になっているリビングへ出ると、遼一がソファに座りタブレットを触っていた。
 ジュニアスイートのこの部屋はリビングを挟んだ向かい側にもうひとつの寝室がある。
 NANAの元副社長の娘でお嬢さまと呼ばれていた和葉だが、こんな贅沢な部屋に泊まったことはなかった。娘を甘やかしてはいたものの無駄な贅沢を好まなかった父の方針だ。
 それは遼一の父親も同じ考えだったと記憶しているけれど、今日この部屋を取ってくれたのは、和葉と樹それから遼一という微妙な関係にある三人が、気兼ねなく過ごせるようにという彼の配慮だ。
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