(番外編集)それは麻薬のような愛だった
翌朝になりアラームの音が小うるさく耳を突くが、伊澄はすぐに起き上がれなかった。肌を刺す冬の寒さはひどく癪に障る。
少しの間そうして布団の中でうつらうつらとしていたが、確かに側にあったはずの温もりが無いことに気付くとすぐに覚醒した。
水音が聞こえていることから雫が洗面所にいるのは明らかだが、それでも昨夜感じた不安が影響してか視界に入らないことがたまらなく嫌だった。
軽い身支度を整え戻ってきた雫を目にした途端、伊澄は考えるよりも先に雫の体を引き寄せた。
「おはよういっちゃん。私で暖とるのやめてくれる?」
「…寒いんだよ」
体ではなく心が。あの頃きちんと雫の気持ちに応えていれば、彼女の気持ちが離れることもなかったのに。
そう後悔したところで、今更遅い。
雫の甘く柔らかな香りが鼻腔を撫でる。このまま誰の目にも届かぬよう腕の中に閉じ込めておきたい衝動に駆られた。
だがいつまでもこうしてはおけない。せめて少しでも雫が自分の側にいる価値を感じられるよう、希望を叶えねば。
そう思い名残惜しくも腕を離して洗面所へ向かう。身なりを整えて寝室に向かい、防寒重視の服に着替えて戻ると雫も準備を終えており声をかけられた。
家を出て駅構内のカフェで軽く朝食を済ませて電車へ向かう。普通に歩けば小さな雫を置いて行ってしまうため歩調に気を遣う。
ふと顔を見れば目が合い、雫はにこりと微笑んだ。
かつては赤くなってばかりだったそれはいつしか穏やかな笑みを返されるだけに変わった。向けられる笑顔を可愛いと思う反面、伊澄は小さな胸の痛みも感じていた。
電車の中では終始無言で、一度雫が電車の揺れにバランスを崩した時に二言三言話したくらいだった。
以降車内ではずっと雫の体に手を添えていたが、その華奢な体に言い得ぬ感情が湧き上がる。触れ合うくらい近くにいるのに、ひどく遠くに感じるような。
そう思うほどに雫の態度は余所余所しく、視線は始終外に向けられていた。