(番外編集)それは麻薬のような愛だった
「わあ、やっぱり人多いね」
そのまま駅に着くや否や雫が呟き、人の波に乗りパーク内に入る。入り口付近で手にしたパンフレットを眺め、雫はパレードを見たいと口にした。
パーク内は予想通り海風が吹きざらしになって極寒ともいえる寒さで、まあ人が多い。そういえばクリスマス目前だったなと思い出したところで、伊澄は懐に入れてきたものに手を当てた。
「……」
《《これ》》を受け取る約束をかわしたのも、ちょうど今ぐらいの時期だった。
軽い口約束のつもりだった伊澄は約束を簡単に捉えて平気で反故にした。しかし春先になり雫が約束通り手作りの手袋を渡してきた時、流石に胸の内が傷んだ。
礼をとすると言ったものの、雫は「大したものじゃないから」と拒絶した。
当然だ。簡単に約束を無かったことにするような男に望むものなどあるわけがない。
それでも、よほど丁寧に作られたのだろう。雫の渡してきた手袋はあれから何年経っても朽ちることなく綺麗なままだ。
デザインもシンプルなものを好む伊澄の為に黒いレザーで作られていて、彼女がどれほど伊澄の事を考え、思いを込めて作ってくれたのか伝わってくる。
それを思うだけで、酷い後悔の波に飲まれそうになった。
強い胸の痛みに視線を落とすと、ふと雫が伊澄を見つめているのに気付いた。
「…なんだよ」
「いっちゃん。私のお願い…聞いてくれる?」
「は?」
雫はスマホを口元に寄せ、上目遣いで伊澄を見上げていた。どこでそんなあざとい顔を覚えてきたんだと呆けていると、雫はにこりと微笑んだ。
そしてスマホを手渡してきながら、観たいショーがあるからエントリーしろという至極簡単なお願いを持ちかけてくる。
初めてとも言える雫からのお願いに、複雑な気持ちを抱く。
こんな可愛らしいお願いならいくらでも叶えてやれる。もっと我儘を言って欲しい、もっと自分を必要として欲しい。
そんな欲が満ち満ちていくのを感じつつ、言われた通りスマホを受け取り2人分をエントリーした。