(番外編集)それは麻薬のような愛だった
そう思うと同時、下ろしていた手が不意にすくわれた。伊澄の長い骨ばった手が、雫の手のひらを柔く包み込んだ。
「…なあ、雫。覚えてるか」
指を絡ませられながらそう話しかけられ、雫は伊澄を見上げる。
「覚えてるって、何を?」
「結婚する前、雫の家で散歩してる家族を見たことがあっただろ」
「……」
雫は声を出さなかったが、覚えていた。
10年前の夏の終わり、伊澄の気持ちなど欠片も知らずにセフレだと思い込んでいた頃。
ベランダで幸せそうな家族を見た。小さな男の子が犬のリードを引いていて、その後ろを両親が追いかけている姿。
あの時はただただ微笑ましいなと思っただけだった。それをどうして今、伊澄は持ち出してきたんだろう。
戸惑いに揺れる雫の表情を見るなり、伊澄は眉を下げて笑った。
「…あん時は言う勇気が無かったけど、俺は羨ましかったんだよ」
「…え?」
「雫とあんな風に笑い合って、一緒にいてえって、そう思ってた」
「……」
突然の伊澄の告白にまたも言葉を失う。静かに目を開く雫に、手を握る伊澄の手の力が強まった。
「図々しいだろ?そんな事望める資格もなかったくせに」
「…そんな、」
「けど、だからこそ今…こうしてお前達といられる時間が何より幸せで、大切にしたいんだ」
「…っ」
胸が詰まって、咄嗟に言葉を返せなかった。