恋焦がれ
「いやあ、可愛い人だね」

 恵はリュックサックの紐をくるくると巻きながらそんなことを口にした。

「誰が?」
「誰がって兄さんの彼女だよ! 他にいないでしょう」
「だから彼女じゃないってば」
「ふーん。じゃ好きでもないんだ」
「それは……」
「好きなの!?」
「…………」
「絶対好きじゃん!!!」

 兄さんに春が来たのは間違いじゃなかったんだ、と飛んで跳ねる恵。その度にリュックサックについた大量のぬいぐるみのキーホルダーが揺らされた。

 あれから、菊田さんと恵は話込んで話し込みまくり、気がついたらもう太陽が見えなくなる寸前だった。

 時間も遅いしもうお開きとしよう、となり、結局本の話をすることも、本を読むこともなく、僕の身は救われたのであった。

「でも、そうなら私めっちゃ邪魔しちゃったよね……?」
「ああ」
「……ごめんね?」

 目をうるわせて上目遣いでこちらを覗き込んでくる恵は、なんともわざとらしかった。

「もういいから、助かった面もあったし」
「ふうん。でも確かに兄さん切羽詰まった顔してたもんね」
「え、顔に出てた?」
「うんうん、菊田さん、気づいてたんじゃないかなあ。兄さんが焦ってること」

 なんの気も無しに放たれた一言に、僕は心臓の震えが、五臓六腑、指先から頭のてっぺんまで響いた気がした。

「……ないない、そんな感じじゃなかったし」
「どうだろうねえ、真相は菊田さんにしかわからないし」

 それよりもさ、恵は僕の気なんてさらさら知らないといった具合に、菊田さんの美貌について語りに語り続けた。

「——でさ、あの絹のような髪がもうほんと美しいんだよ!」
「ねえ恵」
「どしたん兄さん」
「本屋寄ってもいいかな」
「なに、買わないといけないものでもあるの?」
「まあ、ちょっと」
「了解。それでさ——」

 恵の話は右から左に流している。きちんと聞いていたら菊田さんが僕の中でリピートされて心臓がもたない。

 どんな本を買おうかと意識的に考えるが、どうしても菊田さんの好みの合わせたくなってしまう。

 もうこの曲がり角を曲がれば綿吹校生御用達の本屋が見えてくる。

 入学式の日菊田さんが読んでいた、桜の園も購入しようと胸を躍らせながら、僕は曲がり角を曲がった。
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