恋焦がれ


「初回からちゃんと授業あるのやめて欲しいよな」

 同じクラスの竹内海斗は僕の机に座るように寄りかかってそう嘆く。

「海斗」
「おう、今年度話すのは初めてだよな」
「そうだね」
「クラス、どう?」
「……まあ、いいんじゃない」
「はは、てきとーだな」
「適当じゃないよ」

 海斗は中三の頃、クラスメイトだったやつだ。結構話していたし、男子の軍団に二人で混じって昼休憩を過ごしていた。

「残念ながら俺、一番中良かった中川と離れちったわ」
「それは残念。三年一緒だった長谷部が離れてびっくりだったよ。結構仲良かったのにさ」
「長谷部かあ、そういえば一回長谷部と俺と清水でカラオケ行ったよな」

 苦い経験だった。僕が音痴だってことを二人とも知っているはずなのに、わざと歌わせるのだ。まあ、男子中学生ってそういうところあるから仕方ないけど。

「あの時の清水ウケたよなあ」

 わははと大声を張り上げて笑う竹内。教室中に響いて少しうるさい。

「二人とも何話してんの?」
「宮路、清水が音痴だって話だよ」
「え、清水音痴なの!?」
「おい、そんな大声で言うなよ」
「ごめんごめん」

 大声で竹内の暴露に宮路は驚愕し、僕は音痴だとクラス中に広まったも同然。いつかクラスでカラオケでも行った時、いじられる未来は目に見えている。

 隣には菊田さんがいるってのに、欠点を言わないで欲しい。菊田さんにどう思われているのか、ちょっと心配だ。

「恥ずかしいし、その話はやめてよ」
「ごめんごめん」

 思ってないような軽い謝罪に僕は頭を無意識に掻いた。

「あ、次佐々木の授業じゃん! 宿題やってねえんだけど……」
「見せてやるよ」
「うおっ、宮路神かよ〜」
「その代わりジュース奢れよ」
「了解了解」

 二人は二人で会話を進め、僕のことなんか忘れてしまったかのように自分の席に帰っていく。

 二人は席が近くていいな。運悪く僕は近くに親しい友達がいない。

 まあ、菊田さんがいるからいいけど。

「清水くんって音痴なのね」

 くすくす。

 笑ってはいけないことに、笑ってしまいそうで必死に堪えるとは正に今の菊田さんのことだろう。

「……聞いてた?」
「ええ、ごめんなさい。盗み聞きしちゃったわ」
「別に謝らなくて良いんだけど……」
「楽しいお友達がいるのね」
「うーん、楽しいかは分からないけど」
「私から見ると楽しいお友達に見えるわよ。私、あまり友達はいないから」
「……そうなんだ」

 僕は小さく口を閉めたり開いたりする。

 吐き気がしたんだ。

 菊田さんの、友達がいないっていう言葉を聞いて、都合がいい、僕との距離を縮められるかもしれないなんて最悪な考え、一瞬でも頭に浮かんでしまった。

 恐る恐る菊田さんの顔を見る。

 彼女は少し、悲しそうな表情をしていた。その顔が僕の吐き気を加速させる。

「私、こんな喋り方でしょう? 何だか癖になってしまっていて、直せないのよ」
「……僕は、素敵だと思うけど」
「……本当に?」

 菊田さんは覗き込むように僕の顔に顔を寄せてくる。

 そのせいで吐き気なんか吹き飛んで、胸の高鳴りだけが僕に残る。

「う、うん、それは、勿論」
「そう、良かった。私、清水くんにそう言ってもらえてとっても嬉しい。ありがとね、清水くん」
「……うん」

 菊田さんは至近距離のまま、僕の目の前で少し顔を揺らして微笑みかけてくれる。

 菊田さんの笑顔が、より一層僕の胸を高鳴らせて、僕の途方もない罪悪感と吐き気を再発させていく。

 菊田さんの微笑みと考えてしまった最悪な思いつきが、ふんわりと、それでいて存在感がはっきりと僕の中に居座り続けた。
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