呪われた皇女ですが、年下ワンコ系魔塔主様に迫られてます!

 作業をしていた使用人たちは言われた通り、広場へと向かって歩いて行く。
 一介の使用人では就任式に参加出来るはずもないが、広場で領民向けに行われる挨拶では、きちんとその顔を拝むことが出来る。
 
 まあどうせ、豆粒のように小さく見えるだけでしょうけど。
 
 広場には既に多くの魔塔で働く使用人と、ひと目だけでも領主を見ようとする民とでひしめき合っていた。
 
「新しい魔塔主様って随分とお若い方らしいよ」

 仕事仲間のナタリーが、人混みをかき分けて隣に並んだ。

「話では、アカデミーを卒業してからまだ3年だってさ」
「3年? それなら今年で21歳ということよね」

 アカデミーは13歳で入学し、留年しなければ18歳で卒業する。魔塔主を任されるくらいだからもちろん、滞りなく進級して卒業したはず。
 どこの国にも属さない魔塔主領の領主、つまり魔塔の主は、血筋や家柄とは関係なく完全なる実力で選出される。性別も年齢も関係ないとはいえ、過去に類を見ないほどの早さでは?
 余程の逸材であることは間違いない。一体どんな人物なのか。
 誰もが新しい魔塔主の登場を、今か今かと待ちわびる中、塔のバルコニーに何人かの人影が現れた。

 魔塔主の補佐を務める高位の魔道士が三人いる他、魔塔主のみが着用できる黒地に金糸の刺繍が施されたローブを着た人物が一人。
 風になびく黒い前髪から覗くのは、蜂蜜を固めたような金色の瞳。中性的な美しさを秘めた青年だった。

 新しい魔塔主様、なんだかあの子に似ているわ……。「ラシェル、ラシェル」と呼びながら、仔犬みたいにいつも私にくっついて来たあの男の子に。

 ラシェルがアカデミーで最終学年を迎えた時に、新入生として入ってきたその子もちょうど、黒髪に金色の瞳をしていた。
 頭の中で急いで計算をしてみれば、ナタリーが言っていた年齢とも合致する。
 
 もしかして……。

 魔法で拡張された声が広場に響く。

「本日新しい魔塔主に就任したエスティリオ・アルマン・ベクレルです。前任の魔塔主であったバスティエンヌ・アルマン・ライエに代わり――」

 ――エスティリオ。間違いない。
 ラシェルの知る彼の名は平民の出なのでただのエスティリオだったが、アルマンは代々魔塔主に与えられる名で、ラストネームのベクレルは身分に相応しいよう、新しく付けられた名だろう。
 嫌な予感が当たってしまった。
 ドクドクと心臓が激しく脈打ち、名前の後に続くスピーチは、全く頭に入ってこない。

『お前が皇女だともし他の誰かに見破られる事があれば、腹の中にいる蟲が、内側からその身体を喰い破るだろう』

 皇帝の言葉が頭の中で反芻される。

 大丈夫よ、大丈夫。
 見た目は全くの別人になっているし、『エル』の本当の出自を知る者など、皇帝と宮廷魔道士の2人だけ。何も焦ることなんてないわ。
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