呪われた皇女ですが、年下ワンコ系魔塔主様に迫られてます!

8. 記憶の中のラシェル

 嘘だな。
 彼女に好きな人なんて居ない。
 自分を遠ざけるための口実だ。

 エスティリオはラシェルが居なくなったベッドを前に、ひとりため息をついた。
 ラシェルは嘘をつく時、あえて相手から目を離さない癖がある。不自然なほどに。
 エルと言う『ラシェル』の居たベッドに触れると、まだ少しだけその温もりがある。
 
 エルと名乗る女性が、かつてアカデミーで一年を共にすごしたラシェル・デルヴァンクールであることは、最初から気が付いていた。

 エスティリオが初めてその存在に気が付いたのは、魔塔主に就任する数ヶ月前。実務的な仕事のほとんどを任されるようになり、上がってくる資料に目を通している時のことだった。全身が粟立ち息をすることすら忘れるほどの衝撃。

 この文字の書き方、見覚えがある。
 忘れもしない、あの人の書く字だ。

 アカデミーに入学して一年近く、ラシェルに勉強を教えて貰っていた。その字をエスティリオが忘れる訳も、見間違えるわけもない。
 はやる気持ちを抑えて署名欄を見ると、そこには農場長のサインの他にも『エル』と書かれたサインが。

 エル?
 何故偽名を使っているのだろう。

 一呼吸おいて冷静に考えてみると、この資料を作成した女性は薬草栽培士だ。
 在学中ラシェルは、自分は父親から魔力が無い為に酷く嫌われているのだと言っていた。だから父親や兄弟とはほとんど会話を交わしたことがないし、社交場に出ることも禁じられ、家に籠ってたのだと。
< 47 / 133 >

この作品をシェア

pagetop