呪われた皇女ですが、年下ワンコ系魔塔主様に迫られてます!
もっと頑張ろうと気合を入れ、仕事に精を出すラシェルの元にエスティリオが再びやってきたのは、それから2日後のこと。
一度来て視察していったので、もう当分は来ないだろうと踏んでいたのに、予期せぬ短期間での再訪にラシェルは狼狽えた。
「畑がロープで区切られているけど、これはどういう区分なの?」
「ブルーナセアにはどの肥料が一番、生育に効果的なのか試しています」
畑をロープで仕切りいくつかの区分に分けて、ブルーナセアという薬草を栽培している。この薬草の花粉は魔法薬に頻繁に使用される割に花をつけるまで育つ割合が多くなく、もっと生産量を増やせないか色々と試している。
「肥料には落葉や動物の糞、油の絞りカスといったものから作った堆肥、それから小麦ふすまなど色々とあります」
「へぇ、肥料ね……。そういえば書類の中に、貝殻で作った肥料を使ってみたいから、貝殻を回収したいという案件があったな」
「子供の頃読んだ旅行記に、沿岸の地域では貝殻を細かく粉砕して畑に撒いていたという描写があったことを思い出しまして。試してみたいと思っているんです」
「やっぱりエルの立案だったか」
「?」
「書類の作成者名は農場長のルアンとなっていたから」
「あ……えぇと……立案書を作成して下さったのは確かにルアン様ですので、書類に間違いはございません」
うっかり要らないことを喋ってしまった。
ラシェルは案が通ればそれでいいので、成功したら誰の手柄になるかなど気にならない。
ただひっそりと、今の仕事に従事できれば幸せなのだから。
「慌てる必要はないよ。その事で俺の彼への評価は変わらないから」
「は、はい……」
「貝殻肥料を作って使ってみる案、良い結果を期待しているから」
「はい。ご期待に添えるよう、努力致します」
その日から数ヶ月後、立案書が通り、農場の作業小屋には麻袋いっぱいに詰め込まれた貝殻が、幾つも並んでいる。
旅行記には貝殻肥料の詳しい作り方は書かれていなかったけど、塩分が付いていそうだからよく洗った方がいいわよね。
ひとりでこれだけの量の貝殻を洗うのは無理があるので、何人かに声をかけて手伝ってもらうことにした。
「ナタリーとアルベラさん、貝殻を洗いたいのだけど、手が空いたらでいいので、もし良ければ手伝ってくれないかしら」
小屋のすぐ外にいた2人に声をかけると、ナタリーは「えー……」と顔を引き攣らせ、アルベラはあからさまに顔をしかめた。
「そこにある貝殻全部洗うんでしょう? あたし今日は疲れちゃって、手伝えないかもーなんて。あはは」
「ナタリー、はっきり言わないと。それ、あなたが余計にやってる仕事でしょ。面倒臭いから巻き込まないでよ」
「あ……そうよね。ごめんなさい。気遣いが足らなかったわ」
「ごめんね、エル」
「いいのよ。気にしないで」
確かにこれは任されている仕事ではなく、ラシェルが好きでやっている事だ。これだけに留まらず、ちまちまと植えては色んな栽培方法を試したり、選別や掛け合わせをして品種改良を試みているのも全て、誰かに命令されたからではなく勝手にしていること。
もちろん農場長の許可は取っているし、自分に任されている本来の仕事もこなしてはいるけれど、他の人からしたら面倒事に違いない。
薬草栽培士というのは要するに農業に従事する使用人で、そんなラシェル達に求められることは、限られた農地でより多くの薬草を収穫することである。
研究なんて求められていない。完全なるオプションサービス。
長期的にみればラシェルのしていることで収穫量を上げることが出来るだろうが、『今』を生きることに必死な使用人では難しいのが現実だ。
無償で手伝わせるのはあまりにも図々しかったと反省し、かといって2人に支払える余分なお金など持っていないラシェルは、ひとりで貝殻を洗うことにした。