邪に、燻らせる
惜春の侯/朧月夜もふけて
この部屋で最初に目覚めた朝。
気怠げに煙草を燻らせる横顔を眺めながら、二日酔いで痛む頭で思った。
―――惜しいことしたな、って。
「煙草ちょうだい」
ベッドに寝たままの男が言う。
その側のソファーに腰掛けていた私は、無言のまま煙草の箱を放った。
「また政治家の失言?」
「日本って国はこれだから、令和にもなってまだ高度経済成長の弊害が蔓延ってる」
「まあ今時の若い奴は政治家なんか目指さないんじゃない?俺だったら嫌だもんな」
「私も嫌だな、メンタル豆腐だし、アマゾンのレビューに批判が書き込まれただけで病む」
「頑張れ、売れっ子翻訳家」
私を励まして少し笑ったこの男、鷹司冬爾は煙草の先に火を点けると、細く白い煙を吐き出した。
「でも鷹司冬爾って、政治家みたいな名前」
「それ、常盤寧子も言えねえだろ」
「私はこう見えてお嬢様なのよ、高校まで名家の淑女たちが通う名門女子校育ちだったんだから」
「そうだったの?それで今はこのザマ?」
「抑圧された遅咲きの反動ってえげつないの」
「はは、それはわからなくもない」
俺も高校まで男子校だった反動だわ、と咥え煙草のままテレビを眺めている。
私は指の間に挟んだ煙草を自分の口に宛てながら、何を調子の良いことを言ってるんだろうこの男はと思った。
冬爾は、都内の税理士法人に勤める税理士だ。
詳しい仕事内容は知らないけど、ネットで冬爾の事務所の評判や税理士の平均年収などをこっそり調べたところ、結構な高給取りっぽいことだけ把握している。
普段の冬爾は仕事柄、ぴしりと皺のないスーツを着て、磨かれた革靴を履いて、清潔に整えられた髪をカチッとセットしている。
だけど夜になればスーツを脱いで、素足で、お風呂上がりの髪は濡れたままくたりと放置されている。
この男を私が見るのはほとんど夜なので、こっちの方がスタンダードになりつつあるけれど、普段の鷹司冬爾は前者なのだ。
「朝会うとイケメンだよね」
何気なく言った私に、冬爾は眼鏡の奥の気だるげな瞳を少し動かした。
「それ、今は不細工だって言ってる?」
「不細工とは言わないけどー…、ヘアセットで2割増し、スーツで3割増し、さらに税理士資格で5割増し?」
「てことは俺の魅力は朝の半分ってわけか」
「あくまで私的見解ですが」
短くなった煙草を灰皿に押し付けて、飽きてきたテレビのチャンネルを勝手に変える。
特に冬爾はそれを咎めなかった。
時計の針はそろそろ真上を越えそうだ。
「でも税理士とか堅実そう、モテるでしょ?」
「寧子は俺を肩書きでしか見ないよねほんと」
「肩書き以外に判断基準を持ってないんだから仕方ないじゃない?それが嫌なら自己PRしてきてよ」
「なんで俺が寧子に自分売り込むの、誰得」
「可愛い女の子紹介できるかもよ?」
「友達いないくせに」
失礼な。
今は疎遠なだけで、かつてはいたのよ。
女はある程度年齢を重ねれば結婚・出産・育児と人生のステージがどんどん変わって、独り身で同じ場所に留まり続ける人間とは話が噛み合わなくなる悲しい生き物なのだ。
「あ、彼女は作らない主義だっけ?」
「好きな奴が出来たら考えるよ、ただ今は取り立てて必要性を感じてないってだけ」
「だけどまるで相手がいないわけじゃないんでしょう?スケベですこと」
「スケベで結構、ただお前も同類」
「それは否めない」
私と冬爾は同じマンションに住んでいる。
私が越してきた2016年の春には冬爾はもうここに住んでいたから、かれこれ4年の付き合いになる。
とは言っても、つい最近までは時々ゴミ捨て場やエントランスで会えば挨拶と会釈をする程度で、『おはようございます』と『こんにちは』と『おやすみなさい』以外の言葉を交わした記憶はない。
そんな関係が変わったのは去年の冬。
東京でオリンピックが開催されるはずだった年の、クリスマスイブ。
その日の私は酷く酔っていた。
お世話になっている出版社のパーティーにお呼ばれして、普段は縁遠い煌びやかな世界の空気にあてられて、馬鹿みたいに高いシャンパンで悪酔いした。
タクシーでマンションの前まで帰ってきたは良いけれど、泥酔により平衡感覚を喪失していた私は、エントランスのオートロックの前に『落ちていた』と冬爾はのちに語った。
そこからは正直記憶が曖昧だけど、私よりも遥かに信頼の置ける冬爾の証言によると『お前がヤろうって誘ってきた』そうだ。
自分の過去の所業から考えても、冬爾の証言は酷く信憑性のあるものだったので、翌朝の私は潔く頭を下げた。
その日から、私たちは特に何か特別な感情も持たず、流れで関係を持つようになった。
同じマンション内に性欲を処理できる相手がいるというのは、セックスをするために掛かる時間や労力を最小限に抑えられ、とても効率が良いということに最近気が付いた。
「この子達、最近よく出てるよね」
「ジャニーズのアイドルをこの子って言ってると年感じるな、ドンマイ」
「冬爾のが1個年上でしょ、おじさん」
「学年が上なだけで生まれた年は一緒だろ」
変えたチャンネルは歌番組を流していた。
最近デビューしたばかりのアイドルグループが何人組なのかすら、もう知らない。
バブル崩壊とともに産声を上げた1992年生まれの私と冬爾は、今年で29歳になる。
高校の入学式には爆弾低気圧が直撃、その翌年には新型インフルエンザの大流行と散々な人生だ。
テレビやネットでは時々『悲劇の世代』なんて揶揄され、これだからゆとりはと政府の失策の責任を何故か押し付けられ、すっかりひねくれた大人が生産された。
ソースは私と、この男。
もちろん異論は認める。
「寧子、締め切りは?」
「本日入稿済み!もうすっごい解放感!」
「ならワイン開けようぜ、ちょうど昨日クライアントからカリフォルニアワインの良いの貰ったんだ」
タダ酒に年甲斐もなくはしゃぐ。
くわえ煙草のまま起き上がった冬爾は、ぺたぺたとフローリングを歩いて、キッチンの戸棚からワインを出してきた。
フリーランスの翻訳家として働いている私は基本的に時間も曜日も関係なく、ただ決められた納品日に向けて追われるだけの日々を過ごしている。
元々無類の本の虫で大学でも近代文学を専攻していた私は、大学2年の時にイギリスに留学したのをきっかけに語学にも興味を持ち、翻訳家を志すようになった。
大学卒業後はバイトをしながら翻訳会社から振られる仕事をさばき、そこで偶然担当したアメリカ人作家の小説が、時を越えて2年後、何故か欧州で爆発的に売れた。
その噂がSNSを通じて日本にも流れてきたところ、日本でもまた爆発的に売れ、同時に私の名も翻訳業界という狭い狭い世界の中で瞬く間に売れた。
そこからさらに2年後、現在。
常盤寧子の名前の横には『売れっ子翻訳家』なんて肩書がつくまでになった。
ほぼ奇跡だ。
本気で運が良かったと思う。
「繁忙期は終わったの?」
「もうちょい先かな、来月までは財務書類の作成とか確定申告とかでバタバタしてる」
「私の来年の確定申告代わりにやってよ、報酬払うから、もうあれほんと嫌い面倒臭い」
「良いけど、俺、結構高いよ?」
ワイングラスを舐めながら冬爾は笑った。
「体で払うよ、もちろん」
「こっちから頼まなくても好きに抱かせてくれる女の体ほど安いものはねえな」
「可愛くない男」
ふたり掛けにしてはゆったりとした灰色のソファーに並んで座る冬爾の頬を軽く抓ると、うざいと一蹴されて、指を離される。
開けられたベランダの窓からは春先の夜風が流れ込み、ダークネイビーのカーテンをふわりと揺らした。
「ねえ、お花見しない?」
「は?こんな時間に何言ってんの」
「この部屋の向きならベランダからエントランスホールが見えるでしょう?」
「何、マンションの前の植え込みの桜?」
「あれで充分でしょ?」
面倒臭そうに顔をしかめる冬爾を無視して、勝手にベランダに出た。
朧月が儚げにこちらを見下ろしている。
夜道に浮かぶ薄紅色。
人工繁殖されたソメイヨシノは、それでも綺麗だと思う。
「飲み会の口実用の花なんか見て楽しいか?」
「ほんと情緒のカケラもない男、そっちこそそんな価値観で人生楽しいの?」
「楽しいね、計画通りで実に順調な人生」
「イレギュラーがないなんて寂しい人生」
眉を顰めれば、空きかけのグラスに冬爾がワインを注いでくれる。
赤ワインの味なんて、未だによくわからない。
冬爾の吹かす煙草の白い煙が夜空にたゆたうのをぼんやりと眺めながら、この男はさすがに吸い過ぎだと思った。
「体冷えるだろ、もう中入れ」
「あ、この曲なんだっけ?聞いたことある」
「SMAPだろ、オレンジ」
平成の名曲特集と銘打ったコーナーには懐かしいメロディが流れている。
私たちの青春時代に活躍したアイドルたちはどんどん解散したり引退したりしてゆくのに、今のアイドルの話題には興味が湧かない。
年齢を重ねて、得たものの代償に。
私たちはどれだけの寂しさを背負い込まされているんだろう?
不意に、うなじを舌が這った。
アルコールのせいで不自然に熱い身体が押し付けられて、頭の芯が甘く痺れる。
「寧子、グラスもらうよ」
私の手からワイングラスを抜き取った冬爾が自分の分と一緒にテーブルに置いて、こちらに戻ってくる。
眼鏡の奥の冬爾の瞳。
欲情に溺れるほどの熱量は、そこにはない。
適当にクリップで留めただけの髪を解き、羽織っていたカーディガンを床に落とす。
ベロア素材の紺色のパジャマのボタンを外している冬爾のスウェットの裾から手を入れて、男のくせに細い腰を撫でた。
冬爾の身体は綺麗だ。
顔も男前だけど、私はこの男の身体が好き。
背が高くて、すらりと手足が長くて、服を着ていると細身に見えるのに、裸になると筋肉質できちんと男らしい。
心身ともにハードな仕事柄、そのための体力作りにジムに通っているという冬爾は、馬鹿みたいに仕事本位で笑える。
だけど私は、仕事に打ち込む男が好きなので、冬爾のことは好きだ。
優先順位が明確な男も、わかり易くて良い。
無駄な期待や葛藤をせずに済む。
恋愛というものは、無駄に労力を使う。
さらにタチが悪いのは、こちらが丹精込めて注いだ労力の分だけ見返りが返ってくるような誠実なものではないことだ。
そういう不確定なフィールドは、もう疲れた。
単純明快なものが良い。
たとえば、自分の身体を貸す代わりに、相手にも身体を貸してもらえる。
等号な取引だ。
関係性の名称は曖昧でも、メリットは等しい。
ここには、不安も劣等感もない。
「何じろじろ見てんの?」
「私ね、なんか人の傷跡見るの好きなの、冬爾の手術痕も好きな感じ」
「悪趣味かよ、盲腸死ぬほど痛ぇからな」
左の下腹部にある小さな傷跡を指でなぞると、冬爾の手がそれを絡め取る。
くすぐったかったらしく、少し睨まれた。
「ねえ、言葉責めとかしてみてよ?」
「こんなの経費で落ちると思ってんの?なんで毎回支出がある度にソフト入力しないの?ここの計算間違ってるけど?いい加減学習しろよ」
「…何それ確定申告?」
「クライアントに毎年俺がする言葉責め」
これの敬語互換、と言って笑った冬爾は、シーツの上に私を転がすと、眼鏡を外す。
「眼鏡ある方がタイプなんだけどな」
「毎回言うけど、邪魔で仕方ねえから却下」
「ケチ」
眼鏡のない冬爾は、少し幼くなる。
今は髪を下ろしているから余計だ。
昔からクールでそつのない男がタイプだった私は、ほぼ毎回こんな風にねだって、そして毎回冬爾に断られている。
ぞんざいにスウェットを脱ぐ冬爾を、ワインで微酔した頭で見上げた。
覆い被さってきて耳や首を唇で愛撫する冬爾の首筋に腕を回しながら、キスをねだれば、焦らすように無視される。
もどかしくて冬爾の履いていたスウェットパンツの中に手を差し込めば、その手首を掴まれて、頭の上でひとまとめに拘束された。
冬爾は行為の最中ばかり、とても加虐的だ。
普段はどちらかと言えば寡黙で朴訥な唐変木のくせに、ちょっと狡いと思う。
「―――冬爾…、ねえ」
「我慢して、今は気分じゃない」
「こんなことしといて気分じゃないって何?」
「だって焦らした方が寧子は後でタガが外れてエロい顔してくれるだろ?」
何よそれ。
堪らない気持ちで恨みがましく冬爾を見つめても、まだ何もくれない。
裸にした私の肌をゆっくりと愛でながら、時折軽く吸い付くようにしてリップノイズが弾けると、フラストレーションが積もる。
焦れた熱を身体が孕む。
不意に胸の先を舌で転がされて、声が漏れた。
冬爾、ねえ、気づいてるんでしょ?
意地悪しないでよ。
「堪え性がないな、寧子は」
「だ、って、堪える意味がわかんない…」
「こういうのは頭おかしくなるまでしてナンボだろ、中途半端が一番もったいないの」
「勝手な理屈を―――…ッん」
冬爾は最中に会話をするのを好まない。
だから私がネチネチと文句を言うのが煩わしかったのだろう。
キスをくれない代わりに、快楽を渡された。
急に勢いよく身体を折り曲げられて、膝を胸につけた体勢になった私の中に、爛れた昂りが穿たれる。
滑稽なほどはしたない嬌声と水音が、テレビから垂れ流されたままの懐メロと混じって、酷い不協和音を奏でていた。
「――――…寧子、シようか」
喘ぐように息をする私に、冬爾がキスをする。
今はそれどころじゃないのに。
けれど重ねた唇の柔らかさは、驚くほど渇いた心を満たすから、若い頃ならこれを恋にするのも簡単だったろうなと思った。
だけど今は、満たされても、ときめかない。
胸の高鳴りなんて聞こえてこない。
恋の仕方を忘れてはいないけど、その変換法則を理解すると、特に欲しくなくなった。
嫉妬するのも不安になるのも、疲れるだけだ。
何故なら、私はもう知っている。
どんなに完璧な恋を得たって、恋に冒された人間は、今度はその完璧さに不安を抱く。
どこまでも不毛で、どこまでも救いがない。
だから今は距離を置きたい。
この男も、多分同じようなことを考えているのだろう。
だから私たちは、公明正大に対等でいられる。
誰の批判も受けずに、気楽に。
「今日泊まってく?」
「腕枕して寝てよ、恋人みたいに」
「急に恋人ごっこでもしたくなったの?別に付き合ってやるけど」
「まあそんなとこかな」
ベッドの上でふたり煙草を吸いながら、ワインの残りを飲む。
時折キスをして、甘い時間を過ごす。
お互いの間に不安定で生々しい感情が見えないと、逆に開き直って甘い時間を過ごせるから楽しいことを最近知った。
触れ合う肌は心地良いし、アルコールは回る。
何より罪悪感がない。
喫煙者同士なのも、また良い。
「ねえ、このワインっていくらするの?」
「普通に買えば4〜5万ぐらい?」
「さすが中小企業の社長が結局1番お金持ってるよね、羨ましいわ」
「一気に何十本って現地のワイナリーから空輸してんだって、取引先とかに配る用に」
「なるほど合理的」
ワイングラスに注がれた深紅の液体の価値に驚いてみたけど、それを聞いてもやっぱり味の違いはわからなかった。
「てか何このテレビ、通販?」
「深夜って何故か通販始めるよね」
「まあ低コストな上に多少なりとも視聴者から金巻き上げられるから都合良いんだろ、海外ドラマの続き観ていい?」
「いいよ、何観てるの?」
「ゲームオブスローンズ」
血みどろの戦いが画面に映る。
冬爾はそれを顔色ひとつ変えずに見ながらワインを飲んでいる。
「これって誰が主人公なの?」
「一応デナーリスかジョンあたり?あの長い銀髪の女の子と黒髪の男な、でも群像劇だからこれって主人公はいない」
「なるほどねえ、ちなみに冬爾は誰推し?」
「ティリオン・ラニスター」
誰だそりゃ、と思い携帯で検索すると、小人症の男性俳優がヒットした。
「え、この人?なんで?」
「賢くて勇敢で心優しくてユーモアもある」
「何それ、正統派主人公みたい」
「でもこの見た目のせいで周りから散々馬鹿にされて不遇な人生を送ってきた、って設定もわかりやすくて良い」
「物語は単純であればこそ中身が深いからね」
「作家みたいなこと言って」
「まあ私は訳すだけだけど」
それでもこう見えて私は『文芸』と名の付く翻訳家なので、文学に関する理解は曲がりなりにも深いと自負している。
小説家のように自分の物語を構築することは出来なくとも、風景描写や心理描写でなるべく原作の空気感に近い語彙を選ぶようにするためには、それなりの技術と努力が必要だ。
「私はこの人がタイプかなあ」
「寧子ってわかりやすくイケメン好きだよな」
「わかる?私、もろに男は顔から入るタイプ」
「なんで得意げな顔してんの」
冬爾は呆れたように笑っていた。
私は少し眠くなってきて、冬爾の肩にもたれながら微睡んでいると、手の中からワイングラスを取り上げられる。
ちらりと視線を上げれば、冬爾と目が合った。
冬爾の瞳は、深いブラウンだ。
「先に寝ていいよ」
「腕枕」
「ならあと10分で終わるから待ってて」
「うん」
頭を撫でて、キスをしてもらう。
私は、男の人に甘やかしてもらうのが好きだ。
優しくしてもらうのは嬉しいし、満たされる。
普段ひとりで生きづらい世の中を逞しく生きているのだから、たまにはこれくらいのご褒美があってもいいと思う。
サボテンみたいだな、と思った。
たまに水さえ貰えれば、あとは勝手に育つ。
育てやすくて燃費が良くて、放置しても文句を言わないで、たまに水をあげればそれだけで喜んでいるなんて。
我ながら、本当に扱いやすい女だ。
冬爾がベッドサイドのランプを消す。
真っ暗になった部屋の中で、冬爾が私の頭の下に腕を通して、柔らかく重ねるだけのキスを何度かくれた。
冬爾は、多分優しいのだと思う。
一見ぶっきら棒だけど、意外と律義で優しい男なんだと思う。
だからきっと、冬爾はいつか素敵なお嫁さんをもらうだろう。
男と女の賞味期限が違って良かった。
今の時間が、冬爾の後悔にはならないはず。
取り留めもなくそんなことを考えながら、私はその夜、眠りについた。
気怠げに煙草を燻らせる横顔を眺めながら、二日酔いで痛む頭で思った。
―――惜しいことしたな、って。
「煙草ちょうだい」
ベッドに寝たままの男が言う。
その側のソファーに腰掛けていた私は、無言のまま煙草の箱を放った。
「また政治家の失言?」
「日本って国はこれだから、令和にもなってまだ高度経済成長の弊害が蔓延ってる」
「まあ今時の若い奴は政治家なんか目指さないんじゃない?俺だったら嫌だもんな」
「私も嫌だな、メンタル豆腐だし、アマゾンのレビューに批判が書き込まれただけで病む」
「頑張れ、売れっ子翻訳家」
私を励まして少し笑ったこの男、鷹司冬爾は煙草の先に火を点けると、細く白い煙を吐き出した。
「でも鷹司冬爾って、政治家みたいな名前」
「それ、常盤寧子も言えねえだろ」
「私はこう見えてお嬢様なのよ、高校まで名家の淑女たちが通う名門女子校育ちだったんだから」
「そうだったの?それで今はこのザマ?」
「抑圧された遅咲きの反動ってえげつないの」
「はは、それはわからなくもない」
俺も高校まで男子校だった反動だわ、と咥え煙草のままテレビを眺めている。
私は指の間に挟んだ煙草を自分の口に宛てながら、何を調子の良いことを言ってるんだろうこの男はと思った。
冬爾は、都内の税理士法人に勤める税理士だ。
詳しい仕事内容は知らないけど、ネットで冬爾の事務所の評判や税理士の平均年収などをこっそり調べたところ、結構な高給取りっぽいことだけ把握している。
普段の冬爾は仕事柄、ぴしりと皺のないスーツを着て、磨かれた革靴を履いて、清潔に整えられた髪をカチッとセットしている。
だけど夜になればスーツを脱いで、素足で、お風呂上がりの髪は濡れたままくたりと放置されている。
この男を私が見るのはほとんど夜なので、こっちの方がスタンダードになりつつあるけれど、普段の鷹司冬爾は前者なのだ。
「朝会うとイケメンだよね」
何気なく言った私に、冬爾は眼鏡の奥の気だるげな瞳を少し動かした。
「それ、今は不細工だって言ってる?」
「不細工とは言わないけどー…、ヘアセットで2割増し、スーツで3割増し、さらに税理士資格で5割増し?」
「てことは俺の魅力は朝の半分ってわけか」
「あくまで私的見解ですが」
短くなった煙草を灰皿に押し付けて、飽きてきたテレビのチャンネルを勝手に変える。
特に冬爾はそれを咎めなかった。
時計の針はそろそろ真上を越えそうだ。
「でも税理士とか堅実そう、モテるでしょ?」
「寧子は俺を肩書きでしか見ないよねほんと」
「肩書き以外に判断基準を持ってないんだから仕方ないじゃない?それが嫌なら自己PRしてきてよ」
「なんで俺が寧子に自分売り込むの、誰得」
「可愛い女の子紹介できるかもよ?」
「友達いないくせに」
失礼な。
今は疎遠なだけで、かつてはいたのよ。
女はある程度年齢を重ねれば結婚・出産・育児と人生のステージがどんどん変わって、独り身で同じ場所に留まり続ける人間とは話が噛み合わなくなる悲しい生き物なのだ。
「あ、彼女は作らない主義だっけ?」
「好きな奴が出来たら考えるよ、ただ今は取り立てて必要性を感じてないってだけ」
「だけどまるで相手がいないわけじゃないんでしょう?スケベですこと」
「スケベで結構、ただお前も同類」
「それは否めない」
私と冬爾は同じマンションに住んでいる。
私が越してきた2016年の春には冬爾はもうここに住んでいたから、かれこれ4年の付き合いになる。
とは言っても、つい最近までは時々ゴミ捨て場やエントランスで会えば挨拶と会釈をする程度で、『おはようございます』と『こんにちは』と『おやすみなさい』以外の言葉を交わした記憶はない。
そんな関係が変わったのは去年の冬。
東京でオリンピックが開催されるはずだった年の、クリスマスイブ。
その日の私は酷く酔っていた。
お世話になっている出版社のパーティーにお呼ばれして、普段は縁遠い煌びやかな世界の空気にあてられて、馬鹿みたいに高いシャンパンで悪酔いした。
タクシーでマンションの前まで帰ってきたは良いけれど、泥酔により平衡感覚を喪失していた私は、エントランスのオートロックの前に『落ちていた』と冬爾はのちに語った。
そこからは正直記憶が曖昧だけど、私よりも遥かに信頼の置ける冬爾の証言によると『お前がヤろうって誘ってきた』そうだ。
自分の過去の所業から考えても、冬爾の証言は酷く信憑性のあるものだったので、翌朝の私は潔く頭を下げた。
その日から、私たちは特に何か特別な感情も持たず、流れで関係を持つようになった。
同じマンション内に性欲を処理できる相手がいるというのは、セックスをするために掛かる時間や労力を最小限に抑えられ、とても効率が良いということに最近気が付いた。
「この子達、最近よく出てるよね」
「ジャニーズのアイドルをこの子って言ってると年感じるな、ドンマイ」
「冬爾のが1個年上でしょ、おじさん」
「学年が上なだけで生まれた年は一緒だろ」
変えたチャンネルは歌番組を流していた。
最近デビューしたばかりのアイドルグループが何人組なのかすら、もう知らない。
バブル崩壊とともに産声を上げた1992年生まれの私と冬爾は、今年で29歳になる。
高校の入学式には爆弾低気圧が直撃、その翌年には新型インフルエンザの大流行と散々な人生だ。
テレビやネットでは時々『悲劇の世代』なんて揶揄され、これだからゆとりはと政府の失策の責任を何故か押し付けられ、すっかりひねくれた大人が生産された。
ソースは私と、この男。
もちろん異論は認める。
「寧子、締め切りは?」
「本日入稿済み!もうすっごい解放感!」
「ならワイン開けようぜ、ちょうど昨日クライアントからカリフォルニアワインの良いの貰ったんだ」
タダ酒に年甲斐もなくはしゃぐ。
くわえ煙草のまま起き上がった冬爾は、ぺたぺたとフローリングを歩いて、キッチンの戸棚からワインを出してきた。
フリーランスの翻訳家として働いている私は基本的に時間も曜日も関係なく、ただ決められた納品日に向けて追われるだけの日々を過ごしている。
元々無類の本の虫で大学でも近代文学を専攻していた私は、大学2年の時にイギリスに留学したのをきっかけに語学にも興味を持ち、翻訳家を志すようになった。
大学卒業後はバイトをしながら翻訳会社から振られる仕事をさばき、そこで偶然担当したアメリカ人作家の小説が、時を越えて2年後、何故か欧州で爆発的に売れた。
その噂がSNSを通じて日本にも流れてきたところ、日本でもまた爆発的に売れ、同時に私の名も翻訳業界という狭い狭い世界の中で瞬く間に売れた。
そこからさらに2年後、現在。
常盤寧子の名前の横には『売れっ子翻訳家』なんて肩書がつくまでになった。
ほぼ奇跡だ。
本気で運が良かったと思う。
「繁忙期は終わったの?」
「もうちょい先かな、来月までは財務書類の作成とか確定申告とかでバタバタしてる」
「私の来年の確定申告代わりにやってよ、報酬払うから、もうあれほんと嫌い面倒臭い」
「良いけど、俺、結構高いよ?」
ワイングラスを舐めながら冬爾は笑った。
「体で払うよ、もちろん」
「こっちから頼まなくても好きに抱かせてくれる女の体ほど安いものはねえな」
「可愛くない男」
ふたり掛けにしてはゆったりとした灰色のソファーに並んで座る冬爾の頬を軽く抓ると、うざいと一蹴されて、指を離される。
開けられたベランダの窓からは春先の夜風が流れ込み、ダークネイビーのカーテンをふわりと揺らした。
「ねえ、お花見しない?」
「は?こんな時間に何言ってんの」
「この部屋の向きならベランダからエントランスホールが見えるでしょう?」
「何、マンションの前の植え込みの桜?」
「あれで充分でしょ?」
面倒臭そうに顔をしかめる冬爾を無視して、勝手にベランダに出た。
朧月が儚げにこちらを見下ろしている。
夜道に浮かぶ薄紅色。
人工繁殖されたソメイヨシノは、それでも綺麗だと思う。
「飲み会の口実用の花なんか見て楽しいか?」
「ほんと情緒のカケラもない男、そっちこそそんな価値観で人生楽しいの?」
「楽しいね、計画通りで実に順調な人生」
「イレギュラーがないなんて寂しい人生」
眉を顰めれば、空きかけのグラスに冬爾がワインを注いでくれる。
赤ワインの味なんて、未だによくわからない。
冬爾の吹かす煙草の白い煙が夜空にたゆたうのをぼんやりと眺めながら、この男はさすがに吸い過ぎだと思った。
「体冷えるだろ、もう中入れ」
「あ、この曲なんだっけ?聞いたことある」
「SMAPだろ、オレンジ」
平成の名曲特集と銘打ったコーナーには懐かしいメロディが流れている。
私たちの青春時代に活躍したアイドルたちはどんどん解散したり引退したりしてゆくのに、今のアイドルの話題には興味が湧かない。
年齢を重ねて、得たものの代償に。
私たちはどれだけの寂しさを背負い込まされているんだろう?
不意に、うなじを舌が這った。
アルコールのせいで不自然に熱い身体が押し付けられて、頭の芯が甘く痺れる。
「寧子、グラスもらうよ」
私の手からワイングラスを抜き取った冬爾が自分の分と一緒にテーブルに置いて、こちらに戻ってくる。
眼鏡の奥の冬爾の瞳。
欲情に溺れるほどの熱量は、そこにはない。
適当にクリップで留めただけの髪を解き、羽織っていたカーディガンを床に落とす。
ベロア素材の紺色のパジャマのボタンを外している冬爾のスウェットの裾から手を入れて、男のくせに細い腰を撫でた。
冬爾の身体は綺麗だ。
顔も男前だけど、私はこの男の身体が好き。
背が高くて、すらりと手足が長くて、服を着ていると細身に見えるのに、裸になると筋肉質できちんと男らしい。
心身ともにハードな仕事柄、そのための体力作りにジムに通っているという冬爾は、馬鹿みたいに仕事本位で笑える。
だけど私は、仕事に打ち込む男が好きなので、冬爾のことは好きだ。
優先順位が明確な男も、わかり易くて良い。
無駄な期待や葛藤をせずに済む。
恋愛というものは、無駄に労力を使う。
さらにタチが悪いのは、こちらが丹精込めて注いだ労力の分だけ見返りが返ってくるような誠実なものではないことだ。
そういう不確定なフィールドは、もう疲れた。
単純明快なものが良い。
たとえば、自分の身体を貸す代わりに、相手にも身体を貸してもらえる。
等号な取引だ。
関係性の名称は曖昧でも、メリットは等しい。
ここには、不安も劣等感もない。
「何じろじろ見てんの?」
「私ね、なんか人の傷跡見るの好きなの、冬爾の手術痕も好きな感じ」
「悪趣味かよ、盲腸死ぬほど痛ぇからな」
左の下腹部にある小さな傷跡を指でなぞると、冬爾の手がそれを絡め取る。
くすぐったかったらしく、少し睨まれた。
「ねえ、言葉責めとかしてみてよ?」
「こんなの経費で落ちると思ってんの?なんで毎回支出がある度にソフト入力しないの?ここの計算間違ってるけど?いい加減学習しろよ」
「…何それ確定申告?」
「クライアントに毎年俺がする言葉責め」
これの敬語互換、と言って笑った冬爾は、シーツの上に私を転がすと、眼鏡を外す。
「眼鏡ある方がタイプなんだけどな」
「毎回言うけど、邪魔で仕方ねえから却下」
「ケチ」
眼鏡のない冬爾は、少し幼くなる。
今は髪を下ろしているから余計だ。
昔からクールでそつのない男がタイプだった私は、ほぼ毎回こんな風にねだって、そして毎回冬爾に断られている。
ぞんざいにスウェットを脱ぐ冬爾を、ワインで微酔した頭で見上げた。
覆い被さってきて耳や首を唇で愛撫する冬爾の首筋に腕を回しながら、キスをねだれば、焦らすように無視される。
もどかしくて冬爾の履いていたスウェットパンツの中に手を差し込めば、その手首を掴まれて、頭の上でひとまとめに拘束された。
冬爾は行為の最中ばかり、とても加虐的だ。
普段はどちらかと言えば寡黙で朴訥な唐変木のくせに、ちょっと狡いと思う。
「―――冬爾…、ねえ」
「我慢して、今は気分じゃない」
「こんなことしといて気分じゃないって何?」
「だって焦らした方が寧子は後でタガが外れてエロい顔してくれるだろ?」
何よそれ。
堪らない気持ちで恨みがましく冬爾を見つめても、まだ何もくれない。
裸にした私の肌をゆっくりと愛でながら、時折軽く吸い付くようにしてリップノイズが弾けると、フラストレーションが積もる。
焦れた熱を身体が孕む。
不意に胸の先を舌で転がされて、声が漏れた。
冬爾、ねえ、気づいてるんでしょ?
意地悪しないでよ。
「堪え性がないな、寧子は」
「だ、って、堪える意味がわかんない…」
「こういうのは頭おかしくなるまでしてナンボだろ、中途半端が一番もったいないの」
「勝手な理屈を―――…ッん」
冬爾は最中に会話をするのを好まない。
だから私がネチネチと文句を言うのが煩わしかったのだろう。
キスをくれない代わりに、快楽を渡された。
急に勢いよく身体を折り曲げられて、膝を胸につけた体勢になった私の中に、爛れた昂りが穿たれる。
滑稽なほどはしたない嬌声と水音が、テレビから垂れ流されたままの懐メロと混じって、酷い不協和音を奏でていた。
「――――…寧子、シようか」
喘ぐように息をする私に、冬爾がキスをする。
今はそれどころじゃないのに。
けれど重ねた唇の柔らかさは、驚くほど渇いた心を満たすから、若い頃ならこれを恋にするのも簡単だったろうなと思った。
だけど今は、満たされても、ときめかない。
胸の高鳴りなんて聞こえてこない。
恋の仕方を忘れてはいないけど、その変換法則を理解すると、特に欲しくなくなった。
嫉妬するのも不安になるのも、疲れるだけだ。
何故なら、私はもう知っている。
どんなに完璧な恋を得たって、恋に冒された人間は、今度はその完璧さに不安を抱く。
どこまでも不毛で、どこまでも救いがない。
だから今は距離を置きたい。
この男も、多分同じようなことを考えているのだろう。
だから私たちは、公明正大に対等でいられる。
誰の批判も受けずに、気楽に。
「今日泊まってく?」
「腕枕して寝てよ、恋人みたいに」
「急に恋人ごっこでもしたくなったの?別に付き合ってやるけど」
「まあそんなとこかな」
ベッドの上でふたり煙草を吸いながら、ワインの残りを飲む。
時折キスをして、甘い時間を過ごす。
お互いの間に不安定で生々しい感情が見えないと、逆に開き直って甘い時間を過ごせるから楽しいことを最近知った。
触れ合う肌は心地良いし、アルコールは回る。
何より罪悪感がない。
喫煙者同士なのも、また良い。
「ねえ、このワインっていくらするの?」
「普通に買えば4〜5万ぐらい?」
「さすが中小企業の社長が結局1番お金持ってるよね、羨ましいわ」
「一気に何十本って現地のワイナリーから空輸してんだって、取引先とかに配る用に」
「なるほど合理的」
ワイングラスに注がれた深紅の液体の価値に驚いてみたけど、それを聞いてもやっぱり味の違いはわからなかった。
「てか何このテレビ、通販?」
「深夜って何故か通販始めるよね」
「まあ低コストな上に多少なりとも視聴者から金巻き上げられるから都合良いんだろ、海外ドラマの続き観ていい?」
「いいよ、何観てるの?」
「ゲームオブスローンズ」
血みどろの戦いが画面に映る。
冬爾はそれを顔色ひとつ変えずに見ながらワインを飲んでいる。
「これって誰が主人公なの?」
「一応デナーリスかジョンあたり?あの長い銀髪の女の子と黒髪の男な、でも群像劇だからこれって主人公はいない」
「なるほどねえ、ちなみに冬爾は誰推し?」
「ティリオン・ラニスター」
誰だそりゃ、と思い携帯で検索すると、小人症の男性俳優がヒットした。
「え、この人?なんで?」
「賢くて勇敢で心優しくてユーモアもある」
「何それ、正統派主人公みたい」
「でもこの見た目のせいで周りから散々馬鹿にされて不遇な人生を送ってきた、って設定もわかりやすくて良い」
「物語は単純であればこそ中身が深いからね」
「作家みたいなこと言って」
「まあ私は訳すだけだけど」
それでもこう見えて私は『文芸』と名の付く翻訳家なので、文学に関する理解は曲がりなりにも深いと自負している。
小説家のように自分の物語を構築することは出来なくとも、風景描写や心理描写でなるべく原作の空気感に近い語彙を選ぶようにするためには、それなりの技術と努力が必要だ。
「私はこの人がタイプかなあ」
「寧子ってわかりやすくイケメン好きだよな」
「わかる?私、もろに男は顔から入るタイプ」
「なんで得意げな顔してんの」
冬爾は呆れたように笑っていた。
私は少し眠くなってきて、冬爾の肩にもたれながら微睡んでいると、手の中からワイングラスを取り上げられる。
ちらりと視線を上げれば、冬爾と目が合った。
冬爾の瞳は、深いブラウンだ。
「先に寝ていいよ」
「腕枕」
「ならあと10分で終わるから待ってて」
「うん」
頭を撫でて、キスをしてもらう。
私は、男の人に甘やかしてもらうのが好きだ。
優しくしてもらうのは嬉しいし、満たされる。
普段ひとりで生きづらい世の中を逞しく生きているのだから、たまにはこれくらいのご褒美があってもいいと思う。
サボテンみたいだな、と思った。
たまに水さえ貰えれば、あとは勝手に育つ。
育てやすくて燃費が良くて、放置しても文句を言わないで、たまに水をあげればそれだけで喜んでいるなんて。
我ながら、本当に扱いやすい女だ。
冬爾がベッドサイドのランプを消す。
真っ暗になった部屋の中で、冬爾が私の頭の下に腕を通して、柔らかく重ねるだけのキスを何度かくれた。
冬爾は、多分優しいのだと思う。
一見ぶっきら棒だけど、意外と律義で優しい男なんだと思う。
だからきっと、冬爾はいつか素敵なお嫁さんをもらうだろう。
男と女の賞味期限が違って良かった。
今の時間が、冬爾の後悔にはならないはず。
取り留めもなくそんなことを考えながら、私はその夜、眠りについた。