こちら元町診療所
狭い医事課内だからこそ、私の異変に
隣に座る安田さんがすぐに気付き
心配そうに見て来たので、無理やり笑顔を作り大丈夫と口パクで伝える


『診察券と保険証をお願い出来ますか?
 診察は可能ですので、問診表に記入
 して待合でお待ちください。』


『ありがとうございます。』


動揺してはダメ‥‥。
彼は今は私とは無関係な人‥‥。


それに、他の患者様と変わらず診療所を
訪れた方なのだ。


浜ちゃんの方が気になりつつも、
私は私のやるべき仕事をしないと‥‥。


『‥‥靖‥子?‥‥靖子だよな?
 なぁ!そうだろ!?』


窓口に面した医事課は待合から丸見え
な為、いくらデスクトップのパソコンが
あるとはいえ、嫌でも隠れきれない。


問診票を書き終えた彼が前のめりに
私を覗き込むと、待合と医事課内の
視線を一気に感じ、息がどんどん苦しく
なってゆく


どうして‥こんな‥何もなかったみたい
に話しかけられるのだろうか‥‥


一方的な浮気と浮気相手の妊娠‥‥。
突然の別れを告げておきながら、
なんで久しぶりに会えて嬉しいと
でも言わんばかりの笑顔を私に向けて
くるの?


怒り、虚しさが入り混じった感情に、
思い出したくもなかったあの日の
自分が蘇り、気付けば全身が震えて
吐きそうになってしまった。


『靖子さん!?大丈夫ですか!?』

『安田さんここは任せる。患者さんを
 動揺させてはいけないから、中原
 さんは処置室に連れてく。』


課長‥‥‥‥


お姉ちゃんに何処まで聞いてるか
分からないけれど、課長も彼の顔を
何度か見たことがあるから知ってる
はず。


ああ‥‥‥河川敷になんて行ったから、ダメだったのかな‥‥‥。


せっかく前を向いたのに引き戻されて
しまったみたいだ‥‥。


『師長、すみません。
 中原さんが体調崩したので、
 ベッドお借りします。』


体の震えが止まらない‥‥。

カ処置室のベッドに座らせて貰うと、
貧血のような症状と気持ち悪さに襲われる。


『課長さんここは看護師に任せて
 ください。中原さんこれをしっかり
 握ってて?我慢しなくていいから。
 先生が空いたら見てもらうからね。』


嘔吐受けを渡されたものの、眩暈の方が
酷くそのまま横に寝かせてもらった。


自分の事で仕事中に色々な人に迷惑や
心配をかけるなんて‥‥最悪だ‥‥。
< 54 / 120 >

この作品をシェア

pagetop