それでも、あなたを愛してる。【終】



「…………ねぇ、君に頼みたいことがあるんだ」

弱々しい声で、話し出す。

「なんでしょうか」

彼は、すごく頑張ってきたと思う。
何も分からない中で、ずっとひとりで。

『悠生は、人間だよ。ある日突然、全てを奪われたのにも関わらず、自分よりも人を、妹を気にする優しい子。あの子が愛する人と幸せになれれば、そう思って、我々は彼女に過度な祝福を与えてる。それが彼女の足枷になっていることも理解しているけど、また諦めきれない』

─神々は口に出さずとも、心から彼の幸せを願っている。
でも、彼自身はそんなのは考えておらず、唯一無二の、この世界に独り遺された妹を。

「依月を、俺の代わりに守って……」

「……っ」

しがみついてくる、彼の手に力が籠る。

「君以外、もう、あの子の心を救えないと思う。あの子には何度も、君のもとへ帰ろうと言ってるのに、相応しくないって、自分は危険な存在だからって……君に、『氷見依月は役目を果たして死にました』と伝えてくれ、と、言われた。自分のことは全て忘れて、君は他の素敵な女性と幸せになるべきだと言って、なのに、泣くんだ。君を好きなのに、君を愛しているのに!あの子はっ」

─……嗚呼、なんて、依月らしいのだろう。

昔から、あいつは自分を卑下する癖がある。
それは育った、氷見家の環境が悪かったから。
そうしなければ、あいつは生きて来れなかったから。だから今も、言っているのだろう。

『朱雀宮契に選ばれたのは、氷見家の令嬢であり、自分は偽物で、愛される資格なんてない』的なことを、どうせ口にして、逃げているのだ。

契に、決定的な言葉を突きつけられることに怯えて、逃げて、それで、消えてしまえばいいとでも思っているのだろう。

婚約者の前に、恋人の前に、幼なじみだ。
ある程度は考えていることはわかるし、これまでだって、あいつは1度も、契に対する好意を口にしなかった。

契が望めば、全て応えて、受け入れていた。
─契が拒めば、あいつは姿を消す。
分かっていたから、愛を囁き続けた。

あいつの罪の意識を、契は利用し続けた。

四季の家の中で、一番、面倒くさくて、一番、大変な家はどこなのかという話が出た時、最初に選択肢から除外されるのは、いつも朱雀宮。

でも、実際は面白いことや楽しいことが大好きで、その為ならなんだってするし、好きな相手に対する執着や嫉妬も底知らず、と言われている。

両親も相思相愛だし、実際、父にとって大切なのは、契でも家でもなく、母である。

そして、この異常な性質を、依月は知っているはずなのに。

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