それでも、あなたを愛してる。【終】
─それでも、逃げようとするのか。
「……勿論、手放す気はありません。手放し方も分からないし、今更、逃がしません」
契は彼に微笑む。彼はずっと見てきたはずだから、依月が知らない契の姿も知っているはず。
「……っ」
─契は依月が思うほど綺麗な存在でもなければ、聖人君子でもない。だから、手段は厭わない。
「どんな手を使っても、取り戻します。その為に、貴方の空間を壊そうとしたんですから」
「……っ、フッ、そうだったね」
無謀な話。それでも、この命を無くしても、契は依月を取り戻すためなら、やる気だった。
「とりあえず、依月は正攻法では無理なので」
「無理なの?」
「無理です。意外と頑固ですよ、貴方の妹」
「それはそれは、お手数おかけして……」
「良いんです。昔から、そういうところすら愛おしいので」
ずっとずっと愛してる。
どこからそんな気持ちが湧いてくるのか、自分でも分からない。
自分でも狂ってる自覚はあるが、それを改める方法なんて知らない。
何より、依月を相手にする上では、これくらいがちょうど良い気もする。
同じ世界に、同じ空の下に、こんなにも近い距離にいるのに、どうして、諦めるなんてできよう。
「─今更な気もしますが」
契は彼に向かって、頭を下げた。
「妹さんを、ください」
─次に捕まえたら、すぐに籍を入れてしまおう。
そして、彼女が『寂しい』と思う隙がないくらいそばにいて、昔のように、抱き締めて眠ろう。
「その為に、まず、あいつが気にするものを排除します。どうか、それを見守って。それまで、お義兄さんはあいつのそばにいて下さい」
「……うん」
彼を見ると、彼は少し驚いた顔をして、そして、笑い出す。
「ハハハッ」
涙で彩られた目の縁を拭いながら、
「君は良い男だねぇ」
なんて言って、泣き笑う。
「ありがとうございます」
「うん、うん……君のおかげで、依月は愛を受けて生きてこれたんだ。ありがとう。こちらこそ、あの子を末長くよろしくね。俺はそばに居られないから……どうか、その代わりに」
─優しい人。覚悟が決まっている人。
自覚している人。今も、彩蝶が忘れられない人。
神は望んだ。
契が、彼と彩蝶の架け橋になるように、と。
ならば。
「─今度の土曜日、このホテルで、18時から四季の家の集まりがあるんです。そこで、俺は決着をつけます。依月を連れて、一緒にきませんか?」
招待状を渡すと、彼は懐かしそうな顔をする。
「そっか。まだあるんだ」
「出たことが?」
「あるよ。一応、後継者だったし。……わかった。連れていこう。君の考えに乗ってあげる。あ、でも、ドレスコード……」
「お送りします。無理に訪ねませんので、住所を教えてください。どうせ、四季の家の関係者が一枚、噛んでいるでしょう?」
「…………四季の家の血縁者ではあるかな」
言い淀む様子からして、多分、飛鳥あたりだ。
四季の家の血縁者で、四季の家とはほぼ遠く、それでいて、マンションなどを急に用意できる、お義兄さんでも連絡が取れる可能性があるのは、千景たちの従兄弟の飛鳥くらいだろう。
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
「はい♪」
依月に似合うドレスを、探しに行こう。
あいつが好きなデザインで、好きな色で。
久々の楽しみに、契は頬に笑みを刻む。
「……君は敵に回したくないね」
お義兄さんの言葉は、聞こえないふりをした。