それでも、あなたを愛してる。【終】




「─おい、ちゃんと捨ててきたか?」

聞こえてきた声に、男はため息をつく。
何かを確認する下卑な声は聞くに絶えないが、それも【役目】の為ならば、仕方が無いと……ああ、そうだとしても耐え難い。

「勿論さ。あんな所に置き去りにされたら、ひとたまりもないだろうな」

「これまで育ててあげたんだ。十分だろう」

「本物の可愛い娘も帰ってきたしな」

「生まれた時に神様に攫われるなど……本当にあってはならないことだった。愛娘を産んだことによる恩情で、母親は生かしていたが……もう要らないな。近々、処分するか」

「ああ、それがいい。無駄なものは処分するに限る。そもそも、神に奪われるなど……生贄を多く捧げたにもかかわらず、神は娘を返してくれなかった……生きた心地がしなかったな」

「だが、流石に御神木を燃やすわけにもいかなかったからな。まぁ、娘のおかげであの家を消す口実もできたし、邪魔なあの娘も消せた。あとは娘が、朱雀宮に入り込めば、完璧だ」

「乗っ取るつもりか?」

「まさか!御役目を果たせないのに、あの地位を得たところで無駄だろう」

「じゃあ?」

「子どもだよ。子どもは間違いなく、あの家の血を引く子となる。我らの冬の血と、崇高な夏の朱雀宮……間違いなく、立派な子が産まれるだろう?その子が朱雀宮を─……」

─本気で言ってるのだろうか。
それならば、あまりにも驕り過ぎな話である。
朱雀宮のことを、侮りすぎだ。

歴史が変わるから、あまり余計なことは出来ないが、あまりにも馬鹿すぎる会話に男は頭が痛くなっていた。

……これ以上、ここで隠れ聞くことも無駄だろう。
こういう馬鹿どもが、男の最愛を追いやった。




ああ、そうだ。そうだった。






どうして、見逃そうとしたのか。
歴史が変わる?大いに結構。
変えるために、男は今、ここにいるのだ。





「─……歴史というものは、いつだって弱い者は淘汰され、強き者が紡ぐもの」









氷見依月が行方不明になったとされた日から、約1ヶ月後の、ある日。


秋の宗家・桔梗家当主の耳にひとつの話が入る。

それは、氷見家の当主とその弟が不審死した現場が発見されたこと。そして、そのふたりの骸が氷漬けにされていたことであった。



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