それでも、あなたを愛してる。【終】
「……っ、度を過ぎると、怖いな」
数分後、千景が苦しげに微笑む。
「この距離でこれか……確かに、契は中和剤だわ」
「というか、互いが、だよ」
口々に微笑みあいながら、それでいて立ったままの宗家組に対し、ひとりまたひとりと、崩れ落ちていく招待客。
少しでも、四季の血筋を持つながら、この重みは、恐怖は、耐え難いだろう。
だってこれは、常軌を逸脱してる。
─彩蝶が普段、抑え込んでいるものと同じ……。
「─神に捧げられる人間が、普通の人間だと面白くないだろう?」
扉が開くのと同時、そう言って笑う契の声を聞いて、震えながら座り込んだ氷見の人間は顔を真っ青にして、契を見上げる。
「お、おまえ……」
震える当主は、契に手を伸ばして。
「─頭が高い」
契はその手を、足で思い切り踏み付ける。
激痛だろうに、声も出せぬのだろう。
この扉の向こうにいる、彼女のおかげで。
「……」
とある男性にエスコートされて現れた彼女は、美しかった。
目の前の光景に驚いているのか、目を細め、横にいる男性に助けを求める。
男性は協力者なのか、微笑んだまま彼女の手を引いて階段を降り、会場に降り立つ。
常識のあるもの達は立ち上がれない身を叱咤し、彼女に、宗家に、そして、彩蝶に最敬礼。
氷見の令嬢は、契に掴まることで何とか耐えているようで、彼女はそれを見ると、何故か、優しく微笑んだ。
─そして、令嬢に。
「─あの夜、私を叩いて、追い出してくれてありがとう」
と、微笑む。その微笑みに、悪意は無かった。
令嬢も恐怖で崩れ落ちるかと思われたが、氷見の“本物”は何故か、感極まったように泣きそうな顔をして。
「皆様方も、お久しゅうございます」
隣の男性に促され、依月は礼をする。
その美しさと、神力の強さに顔を上げることもやっとな彼らは目を点にして、首を傾げる。
「どちら様でしょう」
契に踏みつけられていた男の横で、艶やかに微笑んでいた女が呟き、その言葉に、依月がにこっと微笑む。
「─先代様、“お父様”がいなくなられたら、今度は叔父様なのですね?“お母様”」
……その言葉は、彼らに『氷見依月』であると認識させるには十分だった。
「お前っ」
契が踏んでいた当代は怒り、その怒りは、身体に立ち上がる力を与える。
……結局立ち上がれず、床に膝をついたけど。
「お前がなにかしたんだろう!兄貴達に!」
「そうよ!あんたが居なくなってから、ずっと悪いことばっかり!」
「大体っ、何でまだ生きてるのよ!!」
あまりの変わりように、周囲は引いていた。
そりゃあ、宗家の面々、その上、四ノ宮当主たる私の前でここまでの醜態……恥というものが、彼らには存在しないのか。
「先代様が亡くなられたことに関しましては、お悔やみ申し上げます。しかし、私はその件に関しまして、関わっておりません」
「そんなこと、口ではなんとでも言える!」
「……」
依月さんはため息をこぼすと、横の男性に囁く。
男性は頷いて、彼らを見て、優しく微笑んだ。