それでも、あなたを愛してる。【終】
「─あなた。いらっしゃいましたよ」
百合さんが外から声をかけると、入れ、と、中から返事が聞こえた。
それを合図に、百合さんが襖を開けると。
「よく来たなぁ」
座布団の上にあぐらをかいて、笑う好々爺。
「お久しぶりです、冬仁郎(トウジロウ)さん」
「そう畏まらず、楽に。─ちょっと、急なお客人でお出迎え出来ず、申し訳ない」
「お気になさらず」
千景の挨拶ににこやかに答えた彼こそが、椿家当主の椿冬仁郎─百合さんの夫。
「君は初めまして、だね。凛くん」
「はい。母が生前、とてもお世話になったと伺っております。御挨拶できて光栄です」
「はっはっはっ、何を言う。子供を守るのは、当然、大人の役目だろう。─それに、もっと大切なものを守る為とはいえ、儂らは途中で投げ出した。お礼など、身に余るよ」
凛は冬仁郎さんに頭を撫でられて、少し嬉しそう。大人に頭を撫でられる経験なんて、凛は特にないもんな。
─なんて、微笑ましく見守っていると。
「冬仁郎さん、彼らはお忙しい中、わざわざここまで足を運んでくださったのですから。お話は早く済ませませんと」
「お、おお、そうだな」
「彼らと交流を、ひとりで勝手に深めないでくださいまし。私もお話したいことがいっぱい、いっぱいあるのですから」
─まるで、遠方に住む祖父母のような。
そんな穏やかな優しさが、静かに身に染みる。
百合さんからの言葉を受けて、冬仁郎さんはひとつ、咳払いをすると。
「契くん。色々な話をする前に、ひとつだけ伝えておこう。ただ、今、君の元には返せない」
「?、はい……」
「氷見依月」
「っ……」
冬仁郎さんの口からその名前が零れた瞬間、心臓が跳ねた。
千景からある程度の訪問理由はいっているだろうから、驚くことではないはずなのに。
早速、自分の知りたいことが知れるのかと思うと、ひどく─……。