恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
 ちらりとキッチンを見れば、カウンターの端に小さなスパイスラックが置かれていて、塩、胡椒ぐらいは分かるとして、ほかにも見たことがない調味料の瓶が整然と並べられていた。
 私の家には塩があれば十分ぐらいだ。胡椒を使うことがないぐらいには料理もしていない。
 カウンターの下には、ワイングラスや日本酒のグラスが整然と並べられているガラス扉のキャビネットがあり、その中には、おそらく成川さんが集めたであろう器が収められている。
 そのどれもがシンプルながらも趣のあるデザインばかり。
 しばらくすると、キッチンから香ばしい匂いが漂ってくる。醤油が煮詰まるような香りがして、仕事終わりの空腹を刺激した。

「いい匂い……」

 ふとこぼれてしまったその声に慌てて成川さんを見たけれど、どうやら聞こえてはいないらしい。
 何かに対して、こんな風に思うことは久しぶりだった。
 最近では飲食店にも足を運ばない。行ってもコンビニかスーパーぐらいだ。とにかくお腹に何かが入ればいいと考えるぐらいで、食べたいものというよりは、値段が安いものをどちらかというと重要視している。
 そこまで考えるなら自炊したほうがいいとはわかっているのに、そのハードルはなかなか超えられない。
 しばらくして、成川さんがキッチンからテーブルに運んできたのは、見た目にも食欲をそそる色とりどりの料理たちだった。
 大きな白い皿にこんもりと盛り付けられた照り焼きチキンは、しっかりとタレが絡まり、照りが美しく光っている。
 皮はパリッと香ばしく、肉厚な鶏肉からはジュワッと旨みがあふれ出しそうだ。
 その上には、白ごまが軽くふりかけられ、彩りの良い青ネギが散らされている。
 どこからどう見てもお店のクオリティだ。

「これをあの一瞬で……!」

 思わずその美しさに見入ってしまうと、一瞬は大袈裟だろ、と仏頂面で返ってくる。けれど私からすれば、ものの数十分でこれを素早く作ってしまうことに感動する。
 その隣には、深めの器に盛られた根菜の煮物。
 ごろごろとした里芋、人参、こんにゃく、れんこんが、ツヤツヤと光っている。
 人参は花の形に切り抜かれていて、見た目にもかわいらしいアクセントになっている。
 その上には、青物の彩りとして絹さやがさっと茹でられて添えられている。

「こんなに本格的な煮物まで……」
「これは昨日作ったやつだから。残り物で悪いけど」
「そ、そんなことないです。昨日ってことは……また味がしっかりと沁みてて美味しそうです」

 さらに、その横には小さな小鉢に盛られたほうれん草のおひたしが、小ぶりな白い器に綺麗に盛り付けられている。
 
「軽い貧血って言ってたから、まあ安直だけどほうれん草で。本当は小松菜のほうが鉄分あるらしいけど、今は切らしてたから」
「そこまで考えてくれていたんですか……⁉」

 なんだ、この出来る人は。仕事だけではなく料理に加えてさらに栄養まで考えてくれるなんて。
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