恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
 見た目はシンプルだけれど、まるで和食の基本を押さえたかのような一品だ。
 テーブルの中央には、ふわりと湯気を立てた炊きたての白ごはん。
 艶やかでふっくらとした米粒が、美しく光りながら器にこんもりと盛られている。

「ほら、冷めないうちに」

 そう言って割り箸を渡される。なぜか成川さんも同じものだ。

「あれ、成川さんも割り箸なんですか?」
「俺だけ箸使うのもなんか違うだろ」

 ……どこまで人のことを考えてくれているのだろう。「使ってください」とは言ったものの、頑なに「いい」と断られてしまい、ふたり一緒に割り箸でいただくことになった。

「それでは……いただきます」
「どうぞ」

 どれから食べようか悩み、まずはメインである照り焼きチキンに口を運んだ。
 甘辛いタレがしっかりと絡んだチキンのジューシーな味わいが口いっぱいに広がる。
 その美味しさに思わず目を見開いてしまう。

「お、美味しい……!」

 私が思わず感動の声を漏らすと、彼が笑った。

「口に入れすぎだろ」

 初めて見たその顔に、当たり前なのに成川さんも笑うんだなと魅入ってしまった。
 そのことに気付いたのか、成川さんが「ん?」と顔をするものだから慌てて首を振る。

「すごいです、お店の味です」
「大袈裟」
「本当ですよ! まず人に料理を振舞えることがすごくて、それからセンスもすごくて、あと栄養も」
「〝すごい〟って、続くんだろ。語彙力なくなったのかよ」

 職場で見る冷たさとは違って、目の前にいる成川さんからは優しがにじみ出ているような気がする。それは料理にも表れていて、どれを食べても優しい味がする。

「橘でも作れるよ」
「……お恥ずかしながら、料理は普段あまりしないんです。最近もおざなりといいますか」

 最初こそは自炊を頑張ろうとは思っていた。調理器具やお皿ばかりが揃う一方で、仕事に追われて自分のごはんを用意するだけでも気力が奪われてしまう。
 彼の手料理を目の前にして、普段の自分の食生活がいかに雑だったかが急に恥ずかしくなる。
 「自炊女子」を目指して、レシピ本だって何冊か買い込んだりもした。
 でも、現実はそう甘くなかった。
 仕事から帰ってきて、疲れた体でキッチンに立つ気力が湧かない日が続き、冷蔵庫の中は次第に空っぽになっていく。
 そんなときに頼るのは、コンビニ弁当やスーパーの総菜ばかり。
 たまに「今日はちゃんと作ろう」と思っても、結局フライパンに具材を全部ぶち込んで、簡単な炒め物ばかりになってしまう。
 そのうち、お皿を洗うことすら億劫になり、ワンプレートに盛り付けるのが定番に。
 気づけば、食卓は色味も香りもバラバラで、味が混ざってしまっても気にしなくなっていた。
 白いプレートに、ごはん、目玉焼き、冷凍唐揚げ、サラダをひとまとめにして、結局何がメインなのかわからなくなってしまうような、そんな食事。
 もしくは、レンチンするだけで済む冷凍パスタに頼りっきりの日もあった。
 それなのに、キッチンだけはなぜか無駄にオシャレな調理器具で溢れている。
 まるで料理上手なふりをしているだけの、自分への言い訳のように。

「だから、こうしてちゃんとしたごはんを目の前にすると、なんだか恥ずかしいですね」
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