恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
■成川side
家に人を上げるなんて、したことがなかった。
プライベートな空間に他人がいることは考えられなかったし、ひとりの時間を自由に過ごせないことも窮屈に感じるほうだった。
今年で32。周囲からは結婚を勧められるが、好ましいと思う相手もいなければ、そもそも興味がない。
誰に振る舞うわけでもないのに料理だけは無駄に上達していく。会社の飲み会に参加しなくなったのも、仕事で人付き合いをするから、勤務外は線引きをしたいと思ったからだ。
まあ飲み会は仕事の一環と考える上司は多いけど、それでも繰り返していたら自分が保てなくなるような気がした。
それなら家で自分が作ったメシを食べている方が楽だと思った。とはいえ、自分で食べるには勿体ないと思うことはある。だからといって誰かに食べさせたいと思うこともない。
「これ、橘が好きそうだな」
それなのに、心境の変化というのは恐ろしいものだ。
見慣れたレシピサイト。いくつかフォルダが分けられることをいいことに、最近では橘専用のレシピが並ぶことが増えた。
それもこれも、俺が作ったものをいちいち感動して、美味しいと頬張る姿が、ただ純粋にいいと思ったからだ。
元々、気になる存在ではいた。橘本人というよりも、丁寧な仕事をする人間が経理部にようやく入ってきたのかという興味。
それまで、経理部のミスが何度か会社全体で問題になることは多かった。
俺が申請した請求書も、金額間違いで取引先をひどく怒らせてしまったことがある。
そのため、絶対に自分で確認してから取引先に渡すようになった。余裕があれば、ほかの人間の請求書も可能な範囲で確認はする。
ミスが極端になくなったのは、橘が入社して半年が経った頃だ。
不慣れではあるものの、仕事に対する姿勢は真面目で、ミスがないわけではないものの、それでも以前のように大きなトラブルに繋がることはない。
一年もすればほとんど改善された。橘が入ってくれたことで俺も信頼ができるようになった。それでも確認はしていたけれど、どちらかというと橘の仕事ぶりを見てパワーをもらっていた。
数字に正確であることは心強い。仕事を疎かにしない彼女の姿勢に、俺も何度か踏ん張ろうと思うときがあった。
再び経理部に問題が起こるようになったのは、小林という社長のお気に入りが入社してからだ。
彼女の指導係が橘になったことは知っていた。それまで経理部に新入社員が入らなかったわけではないが、人間関係を理由に研修期間の間、もしくは正社員契約をして半年後には辞めてしまうという人間が多かった。
その人間関係は、以前問題をよく起こしていた古株だろう。そこに橘が関与しているとは一切疑わなかった。
家に人を上げるなんて、したことがなかった。
プライベートな空間に他人がいることは考えられなかったし、ひとりの時間を自由に過ごせないことも窮屈に感じるほうだった。
今年で32。周囲からは結婚を勧められるが、好ましいと思う相手もいなければ、そもそも興味がない。
誰に振る舞うわけでもないのに料理だけは無駄に上達していく。会社の飲み会に参加しなくなったのも、仕事で人付き合いをするから、勤務外は線引きをしたいと思ったからだ。
まあ飲み会は仕事の一環と考える上司は多いけど、それでも繰り返していたら自分が保てなくなるような気がした。
それなら家で自分が作ったメシを食べている方が楽だと思った。とはいえ、自分で食べるには勿体ないと思うことはある。だからといって誰かに食べさせたいと思うこともない。
「これ、橘が好きそうだな」
それなのに、心境の変化というのは恐ろしいものだ。
見慣れたレシピサイト。いくつかフォルダが分けられることをいいことに、最近では橘専用のレシピが並ぶことが増えた。
それもこれも、俺が作ったものをいちいち感動して、美味しいと頬張る姿が、ただ純粋にいいと思ったからだ。
元々、気になる存在ではいた。橘本人というよりも、丁寧な仕事をする人間が経理部にようやく入ってきたのかという興味。
それまで、経理部のミスが何度か会社全体で問題になることは多かった。
俺が申請した請求書も、金額間違いで取引先をひどく怒らせてしまったことがある。
そのため、絶対に自分で確認してから取引先に渡すようになった。余裕があれば、ほかの人間の請求書も可能な範囲で確認はする。
ミスが極端になくなったのは、橘が入社して半年が経った頃だ。
不慣れではあるものの、仕事に対する姿勢は真面目で、ミスがないわけではないものの、それでも以前のように大きなトラブルに繋がることはない。
一年もすればほとんど改善された。橘が入ってくれたことで俺も信頼ができるようになった。それでも確認はしていたけれど、どちらかというと橘の仕事ぶりを見てパワーをもらっていた。
数字に正確であることは心強い。仕事を疎かにしない彼女の姿勢に、俺も何度か踏ん張ろうと思うときがあった。
再び経理部に問題が起こるようになったのは、小林という社長のお気に入りが入社してからだ。
彼女の指導係が橘になったことは知っていた。それまで経理部に新入社員が入らなかったわけではないが、人間関係を理由に研修期間の間、もしくは正社員契約をして半年後には辞めてしまうという人間が多かった。
その人間関係は、以前問題をよく起こしていた古株だろう。そこに橘が関与しているとは一切疑わなかった。