恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「あれま、元気ないな」
翌日、出社すれば同期の佐々木が楽しそうに顔を歪めていた。俺の不幸を手放しで喜ぶようなどうしようもない人間だが、人の変化には敏感だ。
その敏感さで助けられたことはあるから、侮れない。
「イケメンが落ち込んでいるってだけで、なんでこんなに愉快なんだろうな」
「知るか」
「口が悪い。愛想も悪い。おまけに顔は文句なし」
昨晩から悩んで寝れなかったというのに、この男はそれが好物で仕方がない。
「関係ないだろ」
「ははん、さては女だな? ついに女が出来たんだろ? んでもって振られたと」
「そういうことにしておけ」
「なんだ、違うのか。でも女じゃないのか? あ、もしかしてお気に入りの橘ちゃん?」
不快さ全開で睨んだところで、この男には効いた試しがない。
「まだ怒ってんのかよ、橘ちゃん呼び」
「俺の反応が見たいからそう呼んでるってことが不愉快なんだよ」
「だってあの成川がそんな顔すんだもん。呼びたくなるだろうよ」
面白がって呼ぶところが立ち悪い。気にしないようにしたところで「それにしてもさあ」と佐々木から資料が差し出される。
「どうせこれも、橘ちゃんじゃないんでしょ?」
フードウェイ株式会社に送るはずの請求書。都市部に多い高級スーパーで、最近取引が始まったばかりだ。
作成者は橘となっている。それから数字を見て目を疑った。
「なんだこの金額」
本来の請求金額からなぜかゼロがひとつ多い。つまり100倍の金額だ。
「ね、こんな間違い、橘ちゃんがするとは思えないよね?」
佐々木が言いたいことがようやく見えてきた。おそらく、これを他の誰かに渡らせる前に、俺に報告しようと考えてくれたのだろう。ここの会社の担当は営業部長だ。
もし営業部長にこのままいき、部長さえも気づかなければ、とんでもないことになっていた。
白地に黒く印刷された数字に自然とため息がこぼれていく。
請求書の発行前には必ずダブルチェックが義務づけられているはずだ。
仮に橘が請求書の担当をしたとしても、ほかの誰かが最終チェックをしなければならない。
「これはあの可愛い新入社員なのかねえ」
佐々木の言葉に、やけに甘えてくる小林の顔が浮かんだ。
どちらかというと苦手なタイプだった。手作りのお菓子を平気で配るだけでなく、他部署にまで顔を出す。
成川さんもどうぞ、と見上げてくる視線に、これまで俺に向けている女の影が重なった。
自惚れていると言われてもいい。ただ、この目をする女は、好意を向けてくることがほとんどだ。
ありがとう、と無難に受け取り、そのままもらい損ねて落ち込んでいた前野に渡した。
隠れてやる趣味もないので、小林が営業部のフロアから出る前に行動したつもりだ。
それをどう受け取ったのかは知らないが、それ以降、お菓子が配られることはなくなった。一部の男性社員は「また小林さん来ないかな」と期待しているようだが、おそらく来ないだろう。
翌日、出社すれば同期の佐々木が楽しそうに顔を歪めていた。俺の不幸を手放しで喜ぶようなどうしようもない人間だが、人の変化には敏感だ。
その敏感さで助けられたことはあるから、侮れない。
「イケメンが落ち込んでいるってだけで、なんでこんなに愉快なんだろうな」
「知るか」
「口が悪い。愛想も悪い。おまけに顔は文句なし」
昨晩から悩んで寝れなかったというのに、この男はそれが好物で仕方がない。
「関係ないだろ」
「ははん、さては女だな? ついに女が出来たんだろ? んでもって振られたと」
「そういうことにしておけ」
「なんだ、違うのか。でも女じゃないのか? あ、もしかしてお気に入りの橘ちゃん?」
不快さ全開で睨んだところで、この男には効いた試しがない。
「まだ怒ってんのかよ、橘ちゃん呼び」
「俺の反応が見たいからそう呼んでるってことが不愉快なんだよ」
「だってあの成川がそんな顔すんだもん。呼びたくなるだろうよ」
面白がって呼ぶところが立ち悪い。気にしないようにしたところで「それにしてもさあ」と佐々木から資料が差し出される。
「どうせこれも、橘ちゃんじゃないんでしょ?」
フードウェイ株式会社に送るはずの請求書。都市部に多い高級スーパーで、最近取引が始まったばかりだ。
作成者は橘となっている。それから数字を見て目を疑った。
「なんだこの金額」
本来の請求金額からなぜかゼロがひとつ多い。つまり100倍の金額だ。
「ね、こんな間違い、橘ちゃんがするとは思えないよね?」
佐々木が言いたいことがようやく見えてきた。おそらく、これを他の誰かに渡らせる前に、俺に報告しようと考えてくれたのだろう。ここの会社の担当は営業部長だ。
もし営業部長にこのままいき、部長さえも気づかなければ、とんでもないことになっていた。
白地に黒く印刷された数字に自然とため息がこぼれていく。
請求書の発行前には必ずダブルチェックが義務づけられているはずだ。
仮に橘が請求書の担当をしたとしても、ほかの誰かが最終チェックをしなければならない。
「これはあの可愛い新入社員なのかねえ」
佐々木の言葉に、やけに甘えてくる小林の顔が浮かんだ。
どちらかというと苦手なタイプだった。手作りのお菓子を平気で配るだけでなく、他部署にまで顔を出す。
成川さんもどうぞ、と見上げてくる視線に、これまで俺に向けている女の影が重なった。
自惚れていると言われてもいい。ただ、この目をする女は、好意を向けてくることがほとんどだ。
ありがとう、と無難に受け取り、そのままもらい損ねて落ち込んでいた前野に渡した。
隠れてやる趣味もないので、小林が営業部のフロアから出る前に行動したつもりだ。
それをどう受け取ったのかは知らないが、それ以降、お菓子が配られることはなくなった。一部の男性社員は「また小林さん来ないかな」と期待しているようだが、おそらく来ないだろう。