恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
 それもそうか、ここのコロッケはどれも美味しいし、見かけたらすぐに買いたくなるのは分かる。
 でも、かぼちゃコロッケの口になったなあ。食べたかった。

「それ、何日分のメシだ」

 とつぜん声をかけられて振り返ると、そこにはまさかの成川さんが立っていた。
 スーツに慣れているせいか、無地のTシャツというシンプルな姿に一瞬誰か分からなかった。おまけにメガネだ。ウェリントンフレームで四角いけれど、少し丸みがある。

「どうしてここに……!」

 成川さんの家からだと、ここまでは二駅あるはずだ。会社の近くにもスーパーはあったはずだから、わざわざここまでくることはないのに。

「近くには売ってない醤油があるんだよ」
「それでここまで……」

 私なら醤油なら一番安いものを選んでしまうのに。成川さんの手元にある醤油は気にして見たことがないものだった。なんだかお高そうだ。

「って、お醬油だけを買いにここまで?」
「まあ散歩がてら」

 すごい、すごすぎる。とてもじゃないけど、この距離でも自転車があったらとレンタルサイクル場を見ていた自分を恥じなければ。

「で、このカゴの中身は非常食ってわけでもないんだろ」

 成川さんは私の買い物かごを覗いた。人様にお見せできるものではない。レジの人にさえ恥を忍んで買おうと思っていたぐらいだというのに。

「うっ……そ、そうですね。日々の食事に」
「栄養はどこにいったんだ」

 ここ最近、貧血でご迷惑をかけたばかりだというのに、これではどうにも頭が上がらない。申し訳なさすぎる。

「かぼちゃコロッケ、食べたかったのか」

 ふと成川さんが、空っぽになったかぼちゃコーナーを見て言った。

「好物なんです。見かけるとよく買って」

 数分前まであった残りひとつだった光景を惜しく思う。出会ったときがタイミングというけれど、常にそう思って生きていかなければいけない。
 とはいえ今日はだめだった。残念だけど諦めるしかない。

「……かぼちゃか」

 ふと考えた素振りを見せる成川さんは、

「いいかぼちゃがあれば俺が作るけど」

 と、なんてことはない口ぶりで私を見た。

「俺が作るけどって……えっ、いいんですか⁉」

 と、そこまで言って気付く。私はつい先日も成川さんにお世話になったばかりだ。
 そうじゃなくても、仕事では成川さんを始めとした皆さまに多大なる迷惑をかけてしまっている。この前なんて、営業部長の大切な取引先をひとつなくしてしまうところだった。
 成川さんがこっそりと持って来てくれなければ、大惨事だったはずだ。
 まあ、あれも小林さんが担当していたわけで。どうして勝手に仕事をしてしまうのか頭を抱えたものだ。本人曰く「これぐらいはできると思って」だ。その失敗を何度繰り返せば気が済んでくれるのか。
 ……って、忘れよう。ここまで来て仕事のことは考えたくない。

「この前ご馳走になったばかりなので、そこまで甘えられません」
「自分の分のおまけで作ったようなもんだ」
「あれはおまけのクオリティではなくてですね……!」
「じゃあいらないのか」
「……それは」

 正直食べたい。今日はかぼちゃコロッケの気分になってしまった。だからといって今から別のスーパーに行く気力もない。だからといって成川さんに甘えてしまうのはいかがなものか。
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