恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
 ふっと隣から笑い声が聞こえて顔をあげる。

「ほら、かぼちゃ見に行くぞ」

 仕事では決して見せない笑みを浮かべて、その場を離れていく。
 野菜コーナーに向かう背中に気付いて慌てて追いかけながら、成川さんとスーパーにいられることがうれしく感じていた。



「お、お邪魔します」

 またしても成川さんの家にお呼ばれするとは思わなかった。
 玄関に置かれたスリッパに足を入れながら、前を歩く成川さんについていく。その手には買ったばかりのかぼちゃが入ったエコバッグが握られている。
 あれは普段私が使っているもので、大量のインスタント食品を入れて持ち帰る予定だった。けれど成川さんがバッグを何も持っていなかったことを知り、慌てて貸したのだ。
 ……まあ、パンダにリボンがついたようなピンクのエコバッグは、成川さんが持つと違和感でしかなかったけど。

「適当に座って待ってて」
「そういうわけには──」
「いかなくない」

 なんだかおかしな日本語で制止されてしまった。仕方なく「お願いします」と頭を下げて、邪魔にならない場所で見学をさせてもらうことにする。
 成川さんは手早く袖をまくり、キッチンに常備されていたハンドソープで手を洗う。以前思ったことだけれど、成川さんの手は大きくて、指が綺麗だ。
 それから床に置かれたエコバッグから、今日のメインでもあるかぼちゃと成川さんが求めていた醤油が出される。なんだか不思議だ。あのバッグはインスタントしか出てこないと思っていた。
 まな板の上に置かれたのは、半分に切られたかぼちゃ。鮮やかなオレンジ色の果肉が美しく、表面はしっかりとした硬さがある。それがいいと教えてくれたのは成川さんだ。選ぶポイントまで教えてもらったのだから忘れないように覚えておかないと、と必死で聞き逃さないようにするのでいっぱいいっぱいで、気付けばお会計を済ませていた。
 出しますと根気強く粘ったものの「俺が食べるから」と頑なに受け取ってはもらえなかった。さらには荷物持ちですら断られるものだから、私が負担になることはひとつもない。
 成川さんは包丁を構え、その厚い皮に軽く切れ目を入れる。
 ゴリッという音が響き、硬いかぼちゃがスパッと切り分けられていく。

「あれ、かぼちゃってそんなに柔らかかったですっけ?」

 一度だけかぼちゃの煮物を作ろうと思ったことはあったけど、そのときはあまりの硬さにしばらくかぼちゃに包丁が刺さったままだった。数分格闘してなんとか半分切り終えたという過去が苦く蘇った。

「切ってみるか」

 提案され、半信半疑で包丁を受け取ったはいいものの──

「やっぱり硬いじゃないですか⁉」
「硬くないとは言ってない」
「言って……なかったです、そうでした」

 あまりにも柔らかいものを切るような手際に見えたけど、あれは成川さんがただただ力があったということと、手際がよかったということが関係していたらしい。

「切るなら」

 ふと後ろから抱きしめられるような体勢になる。すぐ近くに成川さんの整った顔。包丁を持つ右手に大きな手が重なる。

「な、成川さん?」
「ああ、持ち方は問題ないか」

 さらりと、なんてことはない様子で言われ、またしても離れていく。
 な、なんだったの今の……! 心臓に悪すぎる!
 包丁はしっかりとお返しし、カットされたかぼちゃは、小さな一口サイズに揃えられ、鍋に入れられて火にかけられる。
 その上に、少量の水と塩が振りかけられ、ふたが閉じられた。

「これはどの工程なんですか?」
「少し蒸し煮にして柔らかくしてから潰すと、甘みが増して美味しくなるんだよ」
「それは大事なところですね」

 ふっと、なぜか笑いが聞こえ、鍋から成川さんへと視線を移す。
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