恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「よかった、炊けてる」

 翌朝、安堵したのは炊飯器で予約していたご飯がちゃんと時間通りに炊けていたことだった。
 初めて使う機能に戸惑い「出来上がる時間?」「タイマーが入る時間?」とわからなくなり、説明書と随分格闘した。
 結果的に出来上がる時間の予約だとわかり、そのままドキドキしながら眠ったのが昨夜。
 職場に持っていく弁当を作ろうと意気込んでいた。でも──

「おにぎりしか考えてなかった」

 美味しそうなおにぎりの具材ばかりが目に入り、ほかのことは考えなかった。
 おかかとチーズおにぎり、枝豆と塩昆布おにぎり、梅と大葉にいりごまを混ぜたものおにぎりをそれぞれ握り、タッパーに詰めた。

「もっと可愛い箱があったらよかったけど……まあ、自分で食べるからいいよね」

 十分贅沢なお昼ご飯だ。それを楽しみに出社したところまではよかった。

「これは橘さんが最終チェックしたものだって小林さんが言うんだけど、本当なのかな」

 広報の部長が経理部にやってきたのは、ちょうど昼休みに入る直前のことだった。
 またしても私が目を通していない書類だ。問題の小林さんは予期でもしていたのか社長室にお使いに行っている。そこにいる彼女を呼び戻すことは誰もできない。

「……そうですね、申し訳ございません」
「困るよ、こういうミスは。先方にも迷惑かかってるんだからさ。対応するのは橘さんじゃないでしょ?」

 仰る通りです、申し訳ございませんを繰り返す。私ではありません、と言ってしまえればそれがいいけど、そうなると益々厄介なことになる。
 どちらにしても、問題を解決しない限りはどうにもならない。私が出来ることであればこちらで片付けてしまったほうがいい。

「橘さん」

 広報部長が帰り、ようやく一息つけると思ったタイミングで七海さんに声をかけられた。

「これ、小林さんの仕事でしょう」

 どうやら分かっていたらしい。それならそれでさっき途中で入ってもらえればよかった……というのは、さすがに性格が悪いだろうか。

「はい」
「どうして正直に言わないの。後輩を庇うことが必ずしも毎回正解とは限らないのよ」

 それは自分でも痛いほどわかっていた。けれど、どうしたらいいと言うのだろうか。
 小林さんに伝えれば「だって私入ったばかりですよ」「それなら橘さんがやったらいいじゃないですか」と言われる。後輩にそんなことを言われる先輩もどうかと思うが、小林さんのバックを思うとなかなか強くも言えない。
 小林さんを敵にしてしまうということは、社長も一緒に敵にしてしまうことと同議だ。
 それなら黙ってしまったほうがいい。私が庇えるものは責任を追ってしまったほうがいい。
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