恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「そもそも小林さんが仕事出来ないのは、橘さんがちゃんと教えてないからじゃない?」

 痛いところを突かれ何も言えない。七海さんの気が収まるのをただひたすら待つしかないけど、終わるのだろうか。昼休みも一緒に潰れてしまう。
 申し訳ございませんと続けることで、七海さんは言いたいことが言えて気が済んだのか「次からは気を付けて」とフロアを出て行った。このあとは、誰かと愚痴るのだろう。
 はあ、と溜息が出てしまう。今日の昼を楽しみにしていたのに、満喫できる気がしない。でもこのままにしておくのももったいない。
 会社の休憩スペースに行けば、案の定七海さんたちが向かい合って座っていた。七海さんが主導になって話しているということは、やっぱり私のことだろう。
 さすがにここでは食べられそうにない。面倒だけど外に行ったほうがいいか。
 会社から少し歩いたところに大きな公園がある。噴水で眺めながら食べるのもいいのかも。

「橘?」

 後ろから聞き覚えのある声がして振り返る。そこには成川さんの姿があった。

「ここで食べるのか」
「はい。成川さんもですか?」

 手元にはお弁当らしいものが入ったバッグがぶら下がっている。

「ここで食べようと思って」
「じゃあ一緒に……」

 いや、さすがにそれは距離感としてどうなんだろう。もちろん一緒に食べられたらいいとは思う。今日の成川さんの昼食も気になるし。ちゃんと作ってるんだろうな。
 それなのに私はおにぎりをただタッパーに詰めてきただけだ。並んで食べられるようなものではない。

「ええと、私は戻るので成川さんはここで」
「食べたらいいだろ、一緒に」
「……では、お言葉に甘えて」

 成川さんには甘えてばかりだ。ん、と柔らかな音が聞こえる。……今日、初めてこんな声を向けてもらったかもしれない。

「わ、美味しそうなお弁当……!」
「橘って俺が作ったやつをなんでも褒めてくれるよな」
「それはそうですよ、私なんておにぎりだけですから」

 成川さんのお弁当でまず目に飛び込んできたのは鮮やかな黄色の卵焼き。
 その隣には、甘辛く煮込まれた豚の角煮が小さく切り分けられ、一口サイズにまとめられている。
 さらに、彩りを添えるように添えられたのは、さっと茹でたブロッコリーと赤パプリカのナムル。
 その横には、小さな仕切りに分けられたきんぴらごぼう。細切りのごぼうと人参がしっかりと炒められ、甘辛い醤油の香りがふわりと立ち上る。
 そして、メインのご飯は、白米に細かく刻んだ青しそとじゃこが混ぜ込まれた混ぜご飯。
 これを美味しそうと言わずになんと言うのか。
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