恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「橘のおにぎりも手が込んでるように見えるけど」
「え? いやいや、混ぜただけです。成川さんを見習おうとは思ったんですが、おかずまでは頭になくて」

 ご飯にご飯に、さらにご飯だ。具材を変えたとはいえ、これはこれでどうなのだろうか。しかもひとつひとつもそれなりに大きさがある。

「できれば成川さんのお弁当食べたいぐらいで」

 自分が作ったものは、楽しみだとは思っていたけど、さっきの件ですっかり何かが欠けてしまった。なんだろう、おにぎりは何も悪くないのに。

「じゃあ交換するか」
「交換って……え、私のおにぎりとですか?」
「嫌ならいいけど」

 そんなはずはない。こんな栄養たっぷりのご飯が食べられるなんて、それこそ私からお願いしたいぐらいだ。

「いいんですか? このおにぎりたちで」
「俺が食べたいって思ってるんだからいい」

 そう言われ、ひざ元にあったタッパーは回収され、代わりに豪華なお弁当がやってきた。

「ありがとうございます、生き返ります」
「どうなってたんだ」

 笑われて、少し元気が出て、成川さんのお弁当を食べたらもっと元気が出てきた。
 さっきまでの気分がどこまでも落ちていきそうな心が、美味しいご飯で満たされていく。

「うん、うまいな」

 隣で成川さんがおにぎりを頬張っていた。

「嬉しいです。成川さんほどではないですけど」
「手間がかかってるだろ。梅と大場は食べやすいように包丁で切り刻んであるし、味のバリエーションも豊富で飽きない」
「そこまで言ってもらえたら、おにぎりだけバリエーション増えていきそうです」
「それもそれでいいんじゃないか。俺がおかず作れば」

 なんてことはない言葉。さらりと言われたそれに、つい箸が止まってしまった。
 まるで共同作業をしているみたいだ。なんてさすがに口が裂けても言えないし、そもそも成川さんはそういう意味で言ったわけでもないだろう。
 今も、目の前で成川さんがおにぎりをパクパクと食べている。
 少し前から気づいていたことだけれど、彼は本当に食べ方が綺麗な人だ。
 箸の使い方もそうだけど、手でおにぎりを食べるその仕草にも、どこか品がある。
 一口一口を大切にするように、ゆっくりと噛みしめながら食べる姿が、自然と目に留まってしまう。
 ただおにぎりを頬張っているだけなのに、その動作にどこか育ちの良さや落ち着きを感じさせるから不思議だ。
 そういう人が作るご飯だからなのか、何を食べても丁寧で味でホッとする。

「……成川さんのご飯は元気が出ますね」
「元気なかったのか」
「え?」

 まさか口に出してた……⁉
< 27 / 66 >

この作品をシェア

pagetop