恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
◾️成川side

 人が作ったものを積極的に食べたいと思うなんて、自分で一番驚いていた。
 橘が朝から作ったというおにぎりは、栄養も考えられていて、なおかつ彩りもよかった。早起きして作ったのだろうかと思うと頬が緩んだが、橘の表情は晴れなかった。
 仕事とか職場とか、直接的な言葉をあえて使わなかった橘は、自分のことを責め続けた。
 あの環境で十分すぎるくらいの働きをしているはずなのに、他人のミスでさえ自分の落ち度だと受け止めてしまう。
 仕事で悩みがない人間はほとんどいないだろう。俺も営業成績を維持することで頭がいっぱいになることもある。それでも自分というものを確立させながら、なんとか仕事をしていた。
 俺ができることなんて何もない。仮にあったとしても、橘が起こしたわけでもないミスを伝えるぐらいだ。
 でも、それだけの理由で橘を自分のテリトリーに入れてしまおうとすることはいかがなものか。弱みに付け込んでいるだけじゃないのか。
 俺のメシ、ということは、また家に来たらいいという誘いをしていることと同じだ。
 それなのに橘は嫌な顔をせずに「成川さんのがいいです!」と真っ直ぐ伝えてくる。俺がどんな思いで返事をしたかなんて彼女には分からないだろう。

「あれ? 成川ってタッパー弁当だっけ?」

 職場に戻ると、目ざとい奴に見つかってしまった。
 佐々木は俺の手元を凝視し、「タッパー」と連呼する。

「タッパーだけど」
「うー……ん? 違う気がする……だって弁当持ってくるときは箱だろうが。俺がどれだけ昼誘っても弁当で断ってくるし」
「今日がタッパーなんだよ」
「……怪しいな。やっぱり、あのときの窓でなんかあったんだろ」

 しつこい。さっさと外回りでも行ってこいと続けたくなるのを堪え、自分のデスクに戻る。それなのに今日の佐々木は諦めなかった。

「あのとき、俺と話してたのに、窓の外見てからなんか変わっただろ。しかも弁当まで持って外に行くなんて珍しいと思ったんだよ」

 どこまで人のことを観察していれば気が済むんだ。同僚の行動なんてどうでもいいだろ。
 確かに、昼休憩を取ろうとしたとき、俺と佐々木は窓の近くに立っていた。「うまい中華屋があって」と佐々木に誘われたが、今日は一日会社にこもることになるだろうからと弁当を持って来ていた。
 だからそれを食べて仕事に戻るつもりだったのに、たまたま会社を出て行く橘が見えて、つい目で追ってしまった。
 外で食べるなんて珍しい。
 手には何かを持っている。あの状態で飲食店に入るようには見えず、気付けばフロアを出ていた。
 ……俺も大概だな。
 橘の行動をいちいち気にしてしまう。今だって偶然を装うとして声をかけようとしているのだから。
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