恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
けれど、限界は来るもので。叔父が一代で築きあげた会社の後釜になることが、どうにも我慢ならなかった。
俺の人生は俺が決める。
大学進学のタイミングで叔父の家を出て、それからは一人暮らしを続けている。
叔母から定期的に体調を気遣う連絡が入っていた。けれど返したことはない。申し訳なさという罪悪感が大きかった。叔父からは一度も連絡があったことはない。
やりたい仕事はなかった。ただ叔父から離れればそれで。
そうして今の会社に入り、一時期は忘れていたというのに。
ついに俺がどこで働いているのか突き止め電話をしてきたわけだ。
俺に会社を継がせるために。そこに俺の意思はない。
「──ん、成川さん」
名前を呼ばれていることに気付いたのは、翌日、会社のエントランスで橘に会ったときのことだった。
先日の件で、と周囲を警戒した彼女に連れられ、エントランスから非常階段へと向かう背中をぼんやり見ながら、昨日のことを引きずっていた。
だめだな、たった一本の電話でこんなにも心が荒れるなんて。
「これ、ありがとうございました」
橘がバックから取り出したのは俺の弁当箱だった。
「ごめん、橘の忘れた」
「気にしないでください。タッパーならいくらでもありますので」
わざわざ返すだけで大袈裟じゃないのかと思うが、彼女なりに気を使ってくれたのだろう。俺は俺で、経理部に顔を出したときにでも返せるかと安易に考えていたが、浅はかだったかもしれない。
「ミッション成功してよかったです」
安堵するその顔に、ますます気が抜ける。
橘を前にすると、いろいろなしがらみから忘れられるような気がする。
「小さなミッションだな」
「そんなことありませんよ! 成川さんにお弁当箱を返すなんて知られたら、その日から会社では生きていけませんから」
「なんでだよ」
「それは、やっぱり成川さんの……お人柄と言いますか」
そんなできた人間ではない。でも一定数はこの顔に興味を持ち、近づいてくる人間もいないわけではない。人からはよく「モテる」と言われるが、そういう言葉を使わずに人柄と濁したのは、橘なりの配慮なのかもしれない。
そこに浸っていたいと思ってしまう俺は、弱いのだろうな。
こんな弱音も、橘なら聞いてくれそうで、だからこそ線を引いたほうがいいと自覚する。
俺の人生は俺が決める。
大学進学のタイミングで叔父の家を出て、それからは一人暮らしを続けている。
叔母から定期的に体調を気遣う連絡が入っていた。けれど返したことはない。申し訳なさという罪悪感が大きかった。叔父からは一度も連絡があったことはない。
やりたい仕事はなかった。ただ叔父から離れればそれで。
そうして今の会社に入り、一時期は忘れていたというのに。
ついに俺がどこで働いているのか突き止め電話をしてきたわけだ。
俺に会社を継がせるために。そこに俺の意思はない。
「──ん、成川さん」
名前を呼ばれていることに気付いたのは、翌日、会社のエントランスで橘に会ったときのことだった。
先日の件で、と周囲を警戒した彼女に連れられ、エントランスから非常階段へと向かう背中をぼんやり見ながら、昨日のことを引きずっていた。
だめだな、たった一本の電話でこんなにも心が荒れるなんて。
「これ、ありがとうございました」
橘がバックから取り出したのは俺の弁当箱だった。
「ごめん、橘の忘れた」
「気にしないでください。タッパーならいくらでもありますので」
わざわざ返すだけで大袈裟じゃないのかと思うが、彼女なりに気を使ってくれたのだろう。俺は俺で、経理部に顔を出したときにでも返せるかと安易に考えていたが、浅はかだったかもしれない。
「ミッション成功してよかったです」
安堵するその顔に、ますます気が抜ける。
橘を前にすると、いろいろなしがらみから忘れられるような気がする。
「小さなミッションだな」
「そんなことありませんよ! 成川さんにお弁当箱を返すなんて知られたら、その日から会社では生きていけませんから」
「なんでだよ」
「それは、やっぱり成川さんの……お人柄と言いますか」
そんなできた人間ではない。でも一定数はこの顔に興味を持ち、近づいてくる人間もいないわけではない。人からはよく「モテる」と言われるが、そういう言葉を使わずに人柄と濁したのは、橘なりの配慮なのかもしれない。
そこに浸っていたいと思ってしまう俺は、弱いのだろうな。
こんな弱音も、橘なら聞いてくれそうで、だからこそ線を引いたほうがいいと自覚する。