恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「あ、いや、あの……お忙しそうなので大丈夫です」
「あー新井と話してんのか。俺たちの後輩なんだけど、あいつミスが多くて。多分、成川がお灸据えてんだと思うわ」

 それなら、なおさら声はかけないほうがいい。
 まして仕事の用件でもないのに顔を出すってちょっと厚かましいような……?

「あの、私が来たことは言わないでもらって──」
「橘?」

 今度は成川さんに呼ばれて、いよいよ逃げ場を失う。
 話が終わったのか、成川さんはこちらまで歩いて来てくれる。

「なんで佐々木がここにいるんだ」
「そんな睨むなよ。俺だって橘ちゃんと話したいんだから」

 じとっと佐々木さんを見る成川さんは、経理部に出すときの顔でも、はたまた後輩に見せていた顔とも違う、同期ならではの空気感がある。
 それから私を見ては、「どうかした?」と柔らかさが少し滲む。

「あ、あの、パプリカパウダーを買ってしまいまして」

 用件はさっさと済ませてしまおう。けれど端折り過ぎたのか、いきなり差し出された瓶に、成川さんはますます首を傾げる。

「橘がパプリカパウダー?」
「厳密にはオススメしていただいたのですが、私には扱いきれない代物でして」
「で、俺に」

 そうです、と頷きかけたところで「なんで成川?」と佐々木さんの疑問が入った。

「確かにこいつ、たまに自炊するらしいけど、男メシって感じで、凝った料理しないよ」

 あれ、そんなことはないと思うけどな。
 私に作ってくれる料理も、家庭的な料理は多かったけれど、それでも男メシかと言われればそうでもない。
 ……と、そこまで考えて、はたと気付く。
 もしかして成川さんは、周りの人に自分が料理すると言っていないとか?
 だとしたら佐々木さんが不思議に思うのも当然だ。ましてパプリカパウダーなんて、それこそなんで私が成川さんに渡すのかクエスチョンだらけだろう。

「いや、あのですね! これはその……パプリカパウダーが個人的に好きなんですが、成川さんもいかがなものかと勝手に渡そうと……でも迷惑ですよね! すみませんでした!」

 勢いのまま喋り倒し、そのまま退散しようとするが、「待った」と成川さんに手首を掴まれ、それは失敗に終わってしまった。
 見上げれば、くすくすと笑う佐々木さんと、それを睨み付ける成川さんがいる。

「こら、謝れ」

 なぜだか成川さんが怒っていらっしゃる。

「はああ、ごめんね橘ちゃん。ちょっとからかっちゃった」
「ちょっとじゃないだろ」

 ご立腹なのか、成川さんは真剣に謝罪しろと言いながら「知ってるんだよ」と私に言った。
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