恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「佐々木は俺が料理すること知ってるから、大丈夫」
「えっ⁉」

 そうだったのか。だから笑われて……ああ、知っているなら、私の誤魔化しも醜かっただろうな。うまくフォローできればよかったのに、あろうことか喋るだけ喋って退散しようとしたんだから罪深い。

「成川は自分が料理することを誰にも知られたくないみたいだけどね。特に女の子には。ほら、顔も良くて料理もできるなんて優良物件じゃん?」
「え……それじゃあ私は……あの、記憶を削除できるような料理って作れますか?」
「作れるわけねえだろ」

 お前ら黙れ、と片手で顔を覆うその姿に、佐々木さんは笑っている。

「はあ、ほんと橘ちゃんには弱いよね、成川って」
「聞こえなかったのか、黙れって言ったんだよ」
「へいへい、黙りまーす。あとはふたりでゆっくりと」

 怒られることを回避するように、ケロッとした顔で部署に戻った佐々木さん。メンタルが強い。
 私ひとりで騒いだ馬鹿みたいだ。お昼時ということもあり、フロアにそこまで人が残っていなかったことが唯一の幸いかもしれない。

「リクエストはあるのか」

 注意のひとつふたつはされるかもしれないと覚悟していたが、成川さんが口にしたものは予想外のものだった。
 なんのことなのか首を傾げていると、これ、とパプリカパウダーの瓶を持ち上げた。

「あ、リクエスト。なるほど、リクエスト……?」

 つまりそれは、私が都合のいい解釈をしたわけではないのなら──。

「お作りいただけると……?」
「そのために持って来たんじゃないのか」
「えっ! いや、滅相もないです! 本当に、成川さんのご自宅にあったほうが、この子も救われると思っただけで」

 私の家よりもよっぽどいい。それは確かだ。ただ、よくよく考えれば、成川さんが言ったように「これで何か作れ」と捉えられてもおかしくない話ではないのか。

「すみません……誤解を生むような言動を次から次へと」
「そんな反省することでもねえけど。まあ、今晩空いてるならこれ使って料理でもするか」
「はい、それはもう、遠慮なくお使いいただいて」
「橘も誘ったつもりだけど」

 え、と声が滑り、つとめて意識しないように「それはもちろん!」と声を張り上げた。

「喜んで行かせていただきます!」
「食いつきすぎだろ」

 こういう反応でもしないと、私が成川さんを好きだということがバレてしまうような気がして。そうなれば、この関係もなくなってしまうようにも思えた。
 それだけは避けたかった。ただ食い意地を張る女として、成川さんの近くにいられるならと、……それは欲張りすぎなんだろうか。



「うわ、美味しそう」

 その日、定時で上がった私は、成川さんの部屋があるマンションを訪れていた。
 テーブルいっぱいに並んだお皿から、ほんのり甘くてスモーキーな香りがふわりと立ち上る。
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