恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「中学に入ってすぐ、両親を交通事故で亡くしたんだ。そこから先は親戚の家で世話になってた」

 深刻さなんて微塵もない。あえて軽く聞こえるように話してくれているのは成川さんなりの配慮だろう。それでも内容が内容だった。

「母親が作ってくれてた料理はいくつもあるし、覚えていないわけではないけど。ただ、もう食べることはできない味っていうか。んで味もよく思い出せない」

 他人に好んで話したいものではなかっただろう。それでも私に聞かせてくれたことに意味があるような気がして、私はじっとその先を待つ。

「……親戚の家でも、よくしてもらったと思うし、出されるメシも美味しかった。だけど、家庭の味かって言われたらわからない。人の家で食べるご飯、みたいな」

 そこで、ふとこれまで作ってもらったご飯を思い出した。
 成川さんが作るご飯は、どこか家庭的なものだなと感じていた。
 きっとそれは、かつて食べていたご飯を思い出すように作っていたのかもしれない。

「……今も、親戚の方とは会いますか?」

 私が聞けば、成川さんの眉がぴくりと動いた。

「会ってない。恩を感じているのは確かだけど、向こうが俺に求めていることを、俺は返せそうにないから」

 複雑な家庭環境の中で、成川さんはどんなことを考えてここまで過ごしてきたのだろう。幼いながらに両親を失い、それからたくさんのことを経験して今がある。
 私には想像を絶するようなこともあったはずで、今もそれは変わらないのだろう。

「お話できる範囲で構いません。言いたくなければ黙ってもらってて大丈夫です」

 前置きは十分だ、と成川さんが私を見ていた。私はすっと息を吸った。

「成川さんは、何を求められているんですか?」

 私なんかが聞いてどうするんだと思われるかもしれない。だからこそ成川さんは最初、濁したのだろうし。
 だけど、話してもらえたということに意味があるのなら、もう少しだけ粘ってみたかった。

「八代会社、覚えているか」

 どこかで聞いたことがある。そう思い起そうとして、ふと以前受けた電話を思い出した。
 あのとき、成川さんを求めていた人だ。

「はい、お繋ぎしようとしたら断られて」
「俺が電話に出ないから、そのときは迷惑をかけてすまなかった」
「電話に……」

 出ない、ということは何かしら理由があるのだろう。
 成川さんがその選択をするということはよっぽどだ。

「八代会社は親戚が経営している会社で、その後釜として俺を使いたいらしい」
「……ということは、跡継ぎに?」
「子どもがいないっていう理由だけでな。どうしても、自分と同じ血を引く人間を使いたいっていうのが向こうの言い分。俺に経営の才能があるとかそいうことでもないから余計に拒んでる」

 きっと、成川さんもその気持ちに応えたいと思ったときはあるのだと思う。
 それでも誰よりも俯瞰して、冷静に物事を見ていたからこそ、そのポジションには自分がつくべきではないと思ったのだろう。

「以上。ここまでで疑問点は」
「な、ないです。ご丁寧に解説していただきありがとうございました」
「こちらこそご清聴ありがとうございました」

 冗談が言えるような空気にしてくれたのも、成川さんのおかげだ。自分から聞き出しておいて、大したことも言えない。結局私にできることなんて何もないということを思い知っただけだ。出しゃばることはよくないけど、調子に乗る前でよかった。
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