恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
 商店街のアーケードに、野菜や果物の名前を書いた手書きの札が並び、活気ある声があちこちから飛び交っていた。
 空気には青菜の匂いと、ほんのり湿った土の香りが混ざっていて、それだけでも新鮮さが伝わってくる。

「早起きしたのは、これのためだったんですね」

 成川さんは特に否定も肯定もせず、小さくうなずいただけだった。
 でもその手は、もう一番奥の野菜屋にまっすぐ向かっている。艶やかなトマト、つやつやのナス、朝採れのほうれん草。
 一つひとつを手に取り、目視で確認し、迷いなくかごに入れていく姿。料理ができる人って、野菜の選び方から違うのかもしれない。

「これ、好きだろ」

 そう言って渡されたのは、ころんとしたかぼちゃだった。手のひらに乗せると、ずっしり重い。
 前にかぼちゃコロッケを作ってもらったことを思い出して、成川さんと共通の思い出があることがうれしくなる。

「はい!」
「じゃあ買うか」

 その一言に満足そうな顔をして、成川さんはまた次の店へと向かう。
 通りを抜けた先、ふと目に入ったのは、小さな木工店のような屋台だった。
 箸、匙、器。すべて手作りの品らしく、木目の温もりがひとつひとつに宿っている。

「ちょっと待ってろ」

 そう言って、成川さんはまっすぐ箸の並んだ棚の前に向かった。
 無言で、数本を取り上げ、重さや質感を確かめるように指で撫でる。

「手、小さめだよな」

 気づけば、私の手を軽くとって、自分の手と比べている。
 こ、これは不意打ち過ぎる……!
 無自覚だとわかっているからこそ、気にしないようにしようと思うのに。成川さんの距離感にまだ慣れないから、いちいち心臓が跳ねてしまう。
 私の手を見つめる長い睫毛の下には、吸い込まれるほど綺麗な瞳がある。

「うん、これがいい」

 選ばれたのは、滑らかな赤茶の木肌に、ほんの少しだけ金の模様があしらわれた細身の箸。手に持ってみると、驚くほどしっくりきた。

「素敵……」
「せっかくなら箸で食べたほうがいいだろ」

 ぽつりと、でもどこか優しく言う成川さんの横顔を見ながら、私は小さくうなずいた。
 まさか成川さんに箸を選んでもらえるなんて。

「そうですよね、じゃあ成川さんのご飯をいただくときはこの箸を持っていきます」
「俺の家に置いていけばいい」
「え?」

 家に置いていけばって……。

「家に箸はあるんじゃないのか」
「あ、あります。でも……」

 それって、私専用のものが成川さんのお家にあるというわけで。それは……成川さんは、なんとも思っていないのだろうか。
< 42 / 66 >

この作品をシェア

pagetop