恋のレシピは、距離感ゼロで無口な先輩と
「私も一緒です! 先輩には気を使って、後輩には気を配って。板挟みしんどい!って叫びたくなります」
少し笑って誤魔化すように言ったつもりだったけど、本当は会社に行きたくない原因だ。
ただ働きに行くだけの場所なのに、人間関係で精神的にしんどくなる。
数字と向き合うだけならと今の職場を選んだのに、そんな簡単なものではなくて。人はひとりでは生きていけないものだなと会社を見ていると思う。
私ひとりではお金は発生しない。いろいろなことが組み合わさって、ようやく仕事らしいものに変わっていく。
ふと成川さんの指先が、静かに私の頭に触れていた。髪を乱さないように、でも確かにそこにある温もり。
「よくやってるよ」
低くて静かな声が、頭上からふわりと落ちてくる。
それだけのことなのに、なぜだか胸がいっぱいになってしまった。
「……なんか、撫でてもらえるっていいですね。ずっと撫でてほしいかも」
酔っているからだ。じゃなきゃ、そんなこと言わない。
気づいた瞬間、顔が熱くなって、慌てて手で頬を仰いだ。
「な、なんて、今のは冗談です。酔ってますね、完全に……」
「いいよ」
その一言とともに、手はそのまま、髪をゆっくりと撫でるように動き続ける。
その手が、あたたかくて、心地よくて。
「……ありがとう、ございます」
「ん」
ああ、どんどん沼ってしまう。
加速しないように気を付けているはずなのに、成川さんの行動でいちいち胸が弾んでしまって、そこに甘えてしまう。
美味しいご飯と、好きな人の温もり。このふたつが揃うだけで、どうしてこんなにも満たされてしまうのだろう。
「……幸せだなあ」
かろうじて呟いたその言葉が、返事を待たずに、微睡みの中に溶けていった。
──気がつくと、見覚えのない天井が目の前にあった。
シーツの感触が肌に優しく、起き上がった瞬間、どこかで聞こえる水音に気づく。
キッチン。
そちらに目をやると、成川さんが立っていた。
「えっ、あ、成川さん⁉ いや朝⁉」
頭が追いつかない。あれ、私どうしたんだっけ。
お腹がいっぱいになって、お酒も楽しんで、それから成川さんに頭を撫でてもらって、それから──
「起きたか」
「お、起きました」
「おはよ」
キッチンから出てきた成川さんは、昨日とは違うラフな格好に着替えていた。
白色のロンTに、薄いグレーのスウェットパンツ。
それだけのシンプルな服装なのに、なぜか妙に目を引いてしまう。
普段あまり見ない手首から肘にかけての骨ばったラインがやけに印象的で、飾っていないのに、すべてが計算されたように様になっている。
対して私は、昨日のままの服装だった。
しわもあるし、髪も軽く乱れている。寝癖まではないと思いたいけど、気が抜けない。
「……おはようございます」
できるだけ顔を隠すようにするが、大して意味もないだろう。
「あの、すみません。もしかして朝まで寝てました……?」
「ぐっすりな」
「あッ⁉ 私、どこで寝て……」
「そこ。ベッド」
「じゃあ……成川さんは?」
「ソファ」
どう考えても申し訳なさすぎて、頭の中が真っ白になる。
床に正座でもしたほうがいいんじゃないか……?
「何から何まですみません……あの、帰ります」
さすがに一刻も早く身を清めたい。気まずさと羞恥心で顔が熱くなっていくのがわかる。
「朝、食べていけば。予定ないんだろ」
その言葉に、ぴたりと動きを止めた。
「……え、でも……」
言いかけると、
「起きてすぐ帰られる方が、俺としては落ち着かない」
ぽつりと、でも真っすぐに言われてしまった。
きっとこれは、やさしさとかそういう次元じゃない。ただ自然と、そうしてくれているだけ。
少し笑って誤魔化すように言ったつもりだったけど、本当は会社に行きたくない原因だ。
ただ働きに行くだけの場所なのに、人間関係で精神的にしんどくなる。
数字と向き合うだけならと今の職場を選んだのに、そんな簡単なものではなくて。人はひとりでは生きていけないものだなと会社を見ていると思う。
私ひとりではお金は発生しない。いろいろなことが組み合わさって、ようやく仕事らしいものに変わっていく。
ふと成川さんの指先が、静かに私の頭に触れていた。髪を乱さないように、でも確かにそこにある温もり。
「よくやってるよ」
低くて静かな声が、頭上からふわりと落ちてくる。
それだけのことなのに、なぜだか胸がいっぱいになってしまった。
「……なんか、撫でてもらえるっていいですね。ずっと撫でてほしいかも」
酔っているからだ。じゃなきゃ、そんなこと言わない。
気づいた瞬間、顔が熱くなって、慌てて手で頬を仰いだ。
「な、なんて、今のは冗談です。酔ってますね、完全に……」
「いいよ」
その一言とともに、手はそのまま、髪をゆっくりと撫でるように動き続ける。
その手が、あたたかくて、心地よくて。
「……ありがとう、ございます」
「ん」
ああ、どんどん沼ってしまう。
加速しないように気を付けているはずなのに、成川さんの行動でいちいち胸が弾んでしまって、そこに甘えてしまう。
美味しいご飯と、好きな人の温もり。このふたつが揃うだけで、どうしてこんなにも満たされてしまうのだろう。
「……幸せだなあ」
かろうじて呟いたその言葉が、返事を待たずに、微睡みの中に溶けていった。
──気がつくと、見覚えのない天井が目の前にあった。
シーツの感触が肌に優しく、起き上がった瞬間、どこかで聞こえる水音に気づく。
キッチン。
そちらに目をやると、成川さんが立っていた。
「えっ、あ、成川さん⁉ いや朝⁉」
頭が追いつかない。あれ、私どうしたんだっけ。
お腹がいっぱいになって、お酒も楽しんで、それから成川さんに頭を撫でてもらって、それから──
「起きたか」
「お、起きました」
「おはよ」
キッチンから出てきた成川さんは、昨日とは違うラフな格好に着替えていた。
白色のロンTに、薄いグレーのスウェットパンツ。
それだけのシンプルな服装なのに、なぜか妙に目を引いてしまう。
普段あまり見ない手首から肘にかけての骨ばったラインがやけに印象的で、飾っていないのに、すべてが計算されたように様になっている。
対して私は、昨日のままの服装だった。
しわもあるし、髪も軽く乱れている。寝癖まではないと思いたいけど、気が抜けない。
「……おはようございます」
できるだけ顔を隠すようにするが、大して意味もないだろう。
「あの、すみません。もしかして朝まで寝てました……?」
「ぐっすりな」
「あッ⁉ 私、どこで寝て……」
「そこ。ベッド」
「じゃあ……成川さんは?」
「ソファ」
どう考えても申し訳なさすぎて、頭の中が真っ白になる。
床に正座でもしたほうがいいんじゃないか……?
「何から何まですみません……あの、帰ります」
さすがに一刻も早く身を清めたい。気まずさと羞恥心で顔が熱くなっていくのがわかる。
「朝、食べていけば。予定ないんだろ」
その言葉に、ぴたりと動きを止めた。
「……え、でも……」
言いかけると、
「起きてすぐ帰られる方が、俺としては落ち着かない」
ぽつりと、でも真っすぐに言われてしまった。
きっとこれは、やさしさとかそういう次元じゃない。ただ自然と、そうしてくれているだけ。