天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
「──できたよ」

レオンが、スケッチブックをそっと咲良の方へ向けた。

描かれていたのは、咲良だった。
バスローブの肩を落とし、窓辺の光に包まれた横顔。

柔らかな髪と、真剣なまなざし。
そして、引き締まった首筋から肩、腕へとつづく、筋肉の美しさ。

けれど、それだけじゃなかった。

そこには、自分でも見たことのない、やわらかさがあった。

(これ……私?)

胸の奥が、じんわり熱くなる。

「……すごい」

それしか言葉が出てこなかった。

何がすごいのか、どこがどう、と言えない。
でも、確かにそこにいるのは自分で、
だけど、自分じゃないような──

「なんで、こんなふうに描けるの?」

咲良は、思わず問いかけていた。

レオンは、静かに笑う。

「君が、僕に『描かせてくれた』からだよ。
 自分を差し出すって、すごく勇気のいることなんだ。
 君は、それをしてくれた」

「……わたし、そんなに勇敢じゃないよ」

咲良は、ぽつりと呟いた。

それは、強がりでも、謙遜でもない。ただ、胸の奥に沈んでいた本音だった。

「いや、君はすごく、強いよ。
 その強さが……君の美しさになってる」

レオンの声はまっすぐで、やさしかった。

その瞬間、咲良の視界がぼやけた。

涙がこぼれ落ちるのを見せたくなくて、ふいにうつむく。けれど、もう間に合わなかった。

(この人の目には……私が、こんなふうに映っていたんだ)

そう思っただけで、胸の奥がじんと熱くなった。

──思い出すのは、制服を着ていた頃のこと。

柔道の大会で勝つたびに、誰かの視線が冷たくなった。
「女の子なのに強すぎ」「男より力あるんじゃない?」「女捨ててるね」

そんな言葉が、笑いながら平気で飛んできた。

恋なんて、する資格がないとさえ思った。

身体を褒められることもあったけど、
それは「守られる存在」じゃなく「使える身体」としてだった。

付き合った人に、「怖い」「女に守られたくない」って言われて、
笑われるように別れを告げられたあの夜。

泣いても誰にも言えなかった。

ただ、また強さが、自分を孤独にするのだと思い知っただけだった。

咲良は、レオンの横顔を見つめた。

彼は何も問わず、ただそっと見つめてくれている。

その眼差しに、少しだけ自分を許せた気がした。

いま、ようやく思える。

(……今だけは、少しだけ、自分を好きでいたい)

気づけば、涙は溢れ出ている。けれど、咲良は微笑んでいた。
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