天才画家に描かれて、毎晩とろけそうです ―スイートルームで始まる、芸術と恋の独占契約
咲良がそっと目元に指を添え、涙をぬぐおうとしたそのときだった。

ふと視線をあげると──レオンが、静かに俯いていた。
その表情は見えない。けれど、どこか傷ついたようで。

「……どうしたの?」

咲良がそっと声をかけると、レオンはほんの一瞬、ためらうように息を吸って──
それから、ごくわずかに口元をほころばせた。

「……そんなふうに絵を見てもらえたの、初めてだった」

「そんなふうに、って……?」

咲良の問いに、レオンはゆっくり顔を上げた。
その瞳は、どこか脆く、透明だった。

「まっすぐに、心から……感動してくれて。
何かを求めたり、評価したりせずに、ただ──『描かれた自分』を受け入れてくれた」

その声には、言葉にしきれない長い孤独が滲んでいた。

咲良の胸が、きゅうっと締めつけられる。

「……僕の周りにいた人たちはね、みんな結果しか見なかった。この絵が売れるか、有名になるか──あるいは、僕という存在をどう使えるかって」

少し笑ったように見えた唇が、すぐにかすかな震えに変わった。

「でも君は、違った。
ただ、僕を──『レオン』という人間を、描かれたままに、見てくれた」

咲良は、言葉を失っていた。

それでも目は、離せなかった。
なぜなら、レオンの睫毛の端に、ゆっくりと光が集まっていくのが見えたから。

それは、ほんのひと粒の涙。
けれど、その涙が零れた瞬間、咲良の心にも静かな熱が灯った。

(──この人も、ずっと誰かに、ただ『見てほしかった』んだ)

咲良は滲む視界に浮かぶ、レオンの姿をみつめていた。

「……ごめん、変なこと言ったね。画家が泣くなんて、情けないよね」

「ううん……泣いていいよ」

咲良は、そっと立ち上がってレオンの隣に座った。

言葉はそれ以上いらなかった。

ただ、ふたりは肩を並べて、
キャンバスの奥にいる「もうひとりの咲良」を静かに見つめていた。

その夜、ふたりの間にはまだ名前のない感情が流れていた。
けれどそれは、確かに、あたたかくてやさしくて──

恋の入口に立ったばかりの、やわらかな鼓動だった。
< 14 / 63 >

この作品をシェア

pagetop