氷壁エリートの夜の顔
* * *

 その土曜の夜、私はいつものように黒いバンダナとエプロンを身につけて、古美多のカウンターで柿の皮を剥いていた。

 この時期だけ、土日の夜限定で登場する「スパイス柿ようかん」は、母のシンプルなレシピをもとに、私がスパイスを加えてアレンジしたものだ。

 去年、京花さんに差し入れたら、思いがけず気に入ってもらえて、そのまま古美多の正式メニューになった。
 完熟柿の優しい甘さに、ほんの少しだけ効かせたスパイスがアクセント。和菓子だけどちょっと個性的で、ありがたいことにすぐに売り切れてしまう人気の一品になった。

 今でも、この柿ようかんの仕込みは私の担当。こうして前の晩に翌日分を仕込むのが、秋のいつもの風景になっている。

 夜の営業が始まって間もなく、暖簾を出しに行った京花さんが誰かと話しながら戻ってきた。
 開店を待っていた常連さんだろう。「いらっしゃいませ」と言いながら顔を上げて──私は固まった。

 白のカットソーにネイビーのジャケットを羽織った、スラリとした長身の男性。彼もまた、こちらを見て絶句していた。

──結城颯真、なぜここに。

 京花さんだけが、私たちの間に流れる妙な空気には気づかず、「颯真くん、いつものカウンター席でいい?」と言いながら、私の正面の椅子を引いた。
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