氷壁エリートの夜の顔
 結城さんは何か言いかけて、けれどそのまま黙って席に腰を下ろす。

「……いらっしゃいませ。ご注文は」

 恐る恐る声をかけると、彼は目を細め、低い声でつぶやいた。

「……なんで、あんたが俺の定食屋に」

 カチンときた。思わず「は?」と声が出る。

「いま、俺の定食屋って言いました?」

「俺のテリトリーって意味だよ」

「へぇ、縄張り荒らすなってこと? 野生動物ですか?」

 私は鼻で笑った。会社じゃ絶対にできない言い方だけど、イラッとしたので気にしていられない。

「そっちは帰国してまだ半月しか経ってないくせに。私なんて、もう2年も前からここで働いているんだから」

 言った瞬間、しまったと思って口を押さえる。自分からバラすなんて、やば。

「2年?」

 結城さんが訝しげに反応する。

 そこへ、京花さんが水の入ったグラスを運んできた。助かった。

「あら、ふたりは知り合いだったの?」

 私が口を開く前に、結城さんがちょっと苦々しさを残した声で答える。

「そうなんですよ、京花さん。この人と、同じ会社なんです」

「まあ、すごい偶然! 颯真くん、いつもお昼に来てたから、咲ちゃんとは会ったことがなかったのね」
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