サルビアの育てかた
 ──その後、夕方になってお母さんが帰ってきた。
 ドアの開く音が聞こえた瞬間、私は玄関まで駆けていく。

「おかえりなさい!」

 私を見るなり目を細めるお母さん。両手には、買い物袋を抱えている。それをゆっくり床に置いてから、微笑みかけてくれた。

「ただいま、レイ。なんだか嬉しそうね?」
「うん、あのね。お願いがあるの」
「お願い事? 珍しいわね、どうしたの?」

 気持ちを一気に爆発させた。身振り手振りをしながら、ヒルスからのアイディアを伝えてみせる。

 この願い、どうか届いて!

 仕事終わりで乱れたブロンドのロングヘアをかきあげ、お母さんはふっと微笑む。

「ヒルスと同じスクールに通いたいのね。いいわよ。でもお父さんにも聞いてみなさい」

 願いをあっさり許してくれたお母さんは、満面の笑みで大きく頷いた。
 いくつになってもキラキラした笑顔が眩しくて、綺麗なお母さん。いつも優しく見守ってくれるし、本当に大好き。

 その後お父さんが帰ってきてからも、私は素直に自分の想いを全部伝えた。

「──レイがダンスを?」

 お父さんは帰ってくると、いつも決まって少しだけお酒を飲む。お酒に弱いけれど、楽しみのひとつらしい。すでに顔が少しだけ赤く染まってる。テーブルにグラスを置くと、私の目を見つめながら腕を組んだ。

「レイ」
「うん?」
「いいに決まっているだろう、聞くまでもないぞ」

 そう言って声を上げて笑ってくれた。

「本当に? お父さん、ありがとう!」

 嬉しさのあまり、私は勢いよく抱きついた。がっしりした身体はとてもあたたかい。髭が頬に触れてちょっとくすぐったいけど全然気にならないよ。

 私はいつもこうやってお父さんに甘えてる。
 普段も肩車とかをして大胆な遊びで楽しませてくれるし、お休みの日には公園や森へ行って埃まみれになるまで付き合ってくれる。一緒に近くの丘を探検したり羊を見に行ったり。マーケットに連れていってもらったときは、私の好きなハリボーグミを食べきれないほど買ってくれたり。なにげない日常の中、お父さんと過ごす時間が大好きだった。
 だけどそれだけじゃない。どんなにお仕事が大変で疲れていても、私たち家族を大切にしている。私にとって、世界で一番素敵なお父さんなんだよ。

 ──この頃は、この家の子で良かったと心の底から思ってた。父アイルと母セナの娘でいて、ちょっと怖いヒルスの妹であることが幸せだったと思っていたのに──

「レイがやりたいことなら父さんは応援するよ」

 さっきよりも更に頬を赤くしながら、お父さんは逞しい手で私のツインテールの黒髪をそっと撫でてくれた。
 私の心は躍っている。

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