サルビアの育てかた
 レイがダンスを習い始めて数日が過ぎた。

 あいつがしっかり練習しているのか様子を見てみたくなった。本当に、なんとなく気になっただけのこと。

 小休憩中、俺はこっそりとレイがいる初級クラスの練習場を窓の外から覗いてみた。
 ヒップホップダンスの基礎中の基礎である、ボックスステップをインストラクターから教わっている真っ最中だった。レイは──隅の方で、鏡に向かいながら練習している。
 こちらの存在がバレないよう、俺は影に隠れながら様子を眺めた。

「いい? 両足を交差しながら、スクエアを描くようにステップを踏むのよ。ゆっくり、全員でもう一度やりましょう」

 先生の言葉に、レイは真剣な表情で姿勢を整えた。
 しかし、前列にいた少年が大きなため息を吐いて呆れたような声で言うんだ。

「先生、ちょっといいですか」
「何か質問でもある?」
「質問なんてありません。ひとつ気になることがあります。いつになったらダンスを教えてくれるんですか」
「はい?」

 ダルそうな声で少年は大きく伸びをすると、その場に座り込んでしまった。

「何を言うの? これはダンスの基本よ。基礎をしっかり習得しないと」
「はぁ。おれはこんなことするためにスクールに入ったわけじゃない。つまんねえな。クールな音楽にノッて踊りたいんだよ!」

 先生は困ったようにその少年に立つよう促すが、不貞腐れたように眉間に皴を寄せて言うことを聞かない。
 俺はその様子を見て心底呆れた。

(たまにいるんだよな、ああいう奴。ベースもクリアできていないのに、音楽に合わせて踊りたいだと? 遊びにでも来ているのか)

 他のメンバーも困り果てている。一人の少年のせいでレッスンは完全に中断された。
 お節介ながらも、口出ししてやろうかと思った。ゆっくりとドアノブに手を掛け、中に入ろうとした──そのときだ。

「先生、お願いです。このままレッスンを続けてほしいです」

 遠慮がちで声は小さかったが、はっきりとした口調だった。 
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