サルビアの育てかた
 一歩前に出てインストラクターに懇願したのは、紛れもなく、レイだったんだ。

 胡座をかきながら汗を拭く少年は、面白くなさそうにレイを見上げる。

「なんだよ、お前。こんなつまらないレッスンでいいのかよ?」
「つまらないも何も。基礎練習はダンスをする上で重要だって最初に聞いたよね?」
「ふん。おれはそんなもんすっ飛ばして思いっきり踊りたいんだよ!」
「君は基礎ができなくても踊れるんだね。ここにいても退屈なわけだよ。私には真似できないから、羨ましいなぁ」
「お、お前……」

 少年は勢いよく立ち上がった。
 それでも引く様子も見せず、レイは少年を眺め続ける。

「そこまでよ」

 パンパンと手を叩き、先生は二人の前に立った。

「ここに入るとき、ボスに言われなかった? このダンススクールは生徒もインストラクターもみんな仲間なの。一人の勝手な行動で、チームを乱すなんて御法度よ。基礎練習が嫌なら、休んでもらっていてもいいわ」

 厳しい口調で言われると、少年は歯を食いしばった。
 その様子を、なんとも言えない顔で見るレイ。

「わ、分かったよ。仕方ないからやってやる……」
「ふふ。でも、君の気持ちは分かるわ。基礎練が終わったあと、最後に軽く音楽を流して踊ってみましょう。いいわね?」

 少年はムスッとしながらもぎこちなく頷いた。

 その後、レイは何事もなかったかのように自分のポジションに戻り、ステップの練習をこなしていった。
 少年はというと、集中力が完全に切れたのだろうか、誰よりも動きが乱れてしまっている。
 俺はレッスンの様子をじっと眺め、ドアノブにかけてあった手をそっと放した。

 ──正直、意外だった。どうやらレイはかなり真剣らしい。

 彼女のボックスの踏みかたはそこにいる誰よりも滑らかで、機敏で、綺麗なんだ。必死に先生の話を聞き、鏡に向かって何度も同じ動きを繰り返し練習していく。
 その顔は、家にいる甘えん坊の八歳のレイとはまるで違う。
 ──そんな姿を目の当たりにして、俺の中で何かが変わっていくのを感じる。この気持ちが何なのか、今ははっきりすることはなかったが。

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