サルビアの育てかた
 あっという間に部屋の前まで来た。ドアに貼りつけられたネームシールには、手書きで「Hillth Grimaldi」と記されてる。それを見ると私は自然と笑みが溢れた。
 ちょっと乱雑なヒルスの文字も好き。
 ノックをする前に、すぐ横に立て掛けられている鏡を見ながら、私は自分の髪の毛を整え始めた。服も乱れていないかくまなくチェック。

 ただ、看病しに来ただけなのに──身だしなみを整えるなんて我ながら笑ってしまう。

 ドアの方に再び向き、今度こそノックをしようと軽く拳を握った。だけどこのとき、突然、ドアノブが内側から捻られたの。

 ──ヒルス?

 ドキッとした。胸が高鳴る。 
 でも、ドアの向こうから現れたのは、思いもよらない人だった。
 私は目を見開く。

「フレア先生っ?」

 綺麗な髪をかきあげながらフレア先生は私を見ていた。ううん、違う。ばっちり目が合ってしまった、という方が正しいのかもしれない。

 フレア先生の目からは、どういうわけか涙が流れていた──

 部屋のドアは音も立てず、ゆっくりと閉じられる。薄暗い廊下で、フレア先生と二人きりの私はどう声をかけたらいいのか全然分からない。

「レイ……」

 フレア先生は、俯き加減で優しく微笑んだ。それから、服の袖で濡れた頬を咄嗟に拭っていた。

「あの、フレア先生。おはようございます」
「……おはよう。ヒルスに会いに来たのね」

 私が小さく頷くと、先生は更に目を細めるの。だけど、その瞳は切なさが滲んだまま。
 いつも元気なイメージがあるけど、今はとても悲しそうな顔をしている……。

「早く行ってあげて。彼、待ってるわよ」

 私に手を振って、先生はその場を後にしてしまった。その後ろ姿が何とも切ない。

(フレア先生、どうして泣いていたんだろう……?)

 何があったのか訊いてはいけない気がして、私は口を閉ざしたまま見送ることしかできなかった。
 階段を下る音が慌ただしく鳴り響く。やがて、その足音も聞こえることはなくなった。

 だけど次に、今度はヒルスの部屋からバタバタという大きな物音が響いてきた。
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