サルビアの育てかた
 スタジオに到着し、重い足取りで中へ入る。更衣室で着替えをしていると、スタジオの仲間たちがやって来た。

「よう、ヒルス」
「もう良くなったか?」
「体調不良なんて珍しいから心配したぞ」
「無理すんなよ」
「ああ。心配かけて悪かったな。もう平気だ」

 仲間たちの思いやりのある声かけに、俺の気持ちは少しばかり軽くなった。今日は昨日休んだ分、いつも以上に気合いを入れていかないとな。
 深呼吸をし、準備ができたので練習場へいざ足を向ける。

 ドアを開けて最初に目についたのは──フレアの後ろ姿だった。鏡に向かって黙々とストレッチをしている。鏡越しでふと目が合ってしまい、思わず逸らしたくなってしまった。が、ここはしっかりと話をしなければ。
 さりげなく隣に並び、俺も全身を伸ばし始める。

「おはよう、フレア」
「ええ。おはよう」

 俺の顔を見ることもなく、彼女は無表情だ。

「……なあ。今日の帰り、少し時間あるか」
「なんで?」
「昨日、代理でレッスンの指導に入ってくれただろ? 見舞いにも来てくれたし、礼がしたいと思って」
「いらないわよ。迷惑だったでしょ?」
「いや、そんなことはない……」

 どこか冷たい態度を取るフレアに、切なくなってしまう。微妙な空気が流れる中、ジャスティン先生がスタジオへやって来た。
 先生にも迷惑をかけてしまったことを謝罪しなくてはならない。本当は変な空気のままにしたくなかったが、俺はそこですっと立ち上がる。

「ジャスティン先生、おはようございます」
「ヒルスおはよう! すっかり元気になったみたいだね」
「はい、お陰様で。昨日は、突発に休んでしまい申し訳ありませんでした」
「いいんだよ。今日からまたよろしくね! ただし、病み上がりだと思うからまだ無理はしないで」
「ありがとうございます」

 どこまでも優しい先生の言葉に、あたたかい気持ちになる。

 ──その日、俺は生徒たちに指導をしている間に身体の調子もどんどん戻ってきて、レッスンが終わる頃には朝の妙な脱力感は消え失せていた。この身体は、動かしてこそ活きるらしい。
 絶好調の一日だった。
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