サルビアの育てかた
 ──もしも、もう一人の家族が、生きていたら。父と母の娘が元気に生きていたら。きっと私はここにはいない。別の家庭に引き取られていたのかもしれないし、今も孤児として生きていたのかもしれない。父と母と、そしてヒルスとも、出会っていなかったかもしれないよね。
 悲しい出来事が過去にあったから、私は今ここにいられるのだと思う。でもそれって……天国にいる彼女にとっては、辛いことなのかも。血の繋がらない私が、グリマルディ家の娘として生活しているなんて……。

 そんなことを考えてしまった。

「わたしらは何度だってあるよ。あの子が生きていたら今頃どういう風に育って、どんな生活をしていただろうってね」
「……はい」

 声が勝手に暗くなってしまった。

「でもね、どんなに想っていても、一度天国にいってしまった人はこっちに戻ってくることはないからねぇ。今ある幸せを大切にしなさいね。だけど決して、居なくなった家族のことも忘れずに」
「……そうですね」

 ヒルスはお婆さんの話に静かに頷いた。
 そんな彼の手を私はしっかり握り締める。放さないように、離れないように、何かをたしかめるように。

「お嬢さんも今の幸せに感謝して、家族の分まで生きるんだよ」
「はい、ありがとう……お婆さん」

 私は穏やかな表情を保って頷いた。

 それから老夫婦は、二人並んで再び歩きだす。私は彼と一緒にしばらく黙って、その後ろ姿を見送った。

 今ある幸せを大切に、か。私なんかがこの幸せを噛み締めてもいいのかな。

「……レイ」

 私があれこれ考えていると、ヒルスが心配そうに顔を覗いてきた。ハッと我に返って彼を見上げると、ヒルスがいつもの優しい声で私を促した。

「行こうか」
「うん、そうだね……」

 彼はもう一度私の手を引いて歩みを進める。このとき、自分の指先が先程よりも冷たくなっているような気がした。
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