サルビアの育てかた
 携帯電話を握る力が意識しないまま強くなった。
 思いきって、自分の中の不安を母にぶつけてみることしたの。

「ねえ、お母さん。訊いてもいい?」
『なに?』
「あの、ね。最近のお父さん、変じゃない……?」
『……』

 今度は電話の向こうで、母が口を閉ざす。どんな表情を浮かべているのか見えない。けれど、私と母の間には緊張の空気が流れた。 
 この問題から逃げるべきじゃない。

「お父さん、物忘れが多くなったよね? ちょっと前に話したこともすぐ忘れたりするし、ぼーっとしてることも多くなったと思わない? どうしたんだろうね?」
『……それは』

 敢えて遠回しに言ったりしない。本当は怖かった。じわじわと迫り来る不安に押しつぶされそうで。
 母は動揺したような震えた口調になる。

『そうね、お父さんも仕事で疲れているのよ、きっと……。レイは、あまり心配しなくていいのよ』
「本当に疲れてるだけなのかな? 病院で診てもらった方がいいかもよ」
『そんな必要はないわよ。定年退職して、ゆっくり過ごせば前のお父さんみたいに戻ってくれるはずよ』
「で、でも……」
『いいから。レイはあまり考えすぎないで。ほら、風邪引くと大変よ。早く帰ってきなさいね?』
「お母さん……」

 もう声を聞くだけで分かっちゃうよ。母が今、どんな顔をしているのか。
 母の気持ちは痛いくらい理解できる。だけどこのままだと、いい方向にいかないと思うの。

 誰もいない丘の上は、とても静かだ。時折、風が吹くだけで寂しい雰囲気だった。
 悶々とした気持ちのまま、私は家に戻った。
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