サルビアの育てかた
 私が一人項垂れていると──突然、後ろから声をかけられた。

「……レイ?」

 ハッとする。振り向くと、そこにはフレア先生が立っていた。心配そうな眼差しで私を見ている。

「大丈夫? たまたま部屋から見えたから……」

 フレア先生はさりげなく私の隣に座った。同じフラット内に住んでいるのに、葬式以来会っていなかった。心配させまいと私は空笑いをしてみせる。

 フレア先生、お久しぶりです。
 声に出してそう言いたかった。だけどどうしても、掠れた声ひとつさえ出ないの。
 もう何日も口で会話していない。当たり前だったことが、当たり前でなくなってしまっている。

「ねえ、レイ」

 フレア先生は優しい口調で私に語りかけた。

「久しぶりに踊らない?」

 思いもよらない誘いに、私は目を見張った。

「自由に身体を動かして、レイと一緒に楽しく踊りたいわ。モラレスの新曲が出たんだけどね、アップテンポで歌詞も超イケてるのよ。明日その曲で気分転換にスタジオで踊らない? もちろん、無理にとは言わないわ」

 大火事があったあの日以来、私は一切踊っていなかった。きっと身体は鈍っている。けれどフレア先生は「自由に身体を動かして、楽しく踊りたい」と言ってくれた。
 部屋に籠もって何もしないでいると、心は更に沈んでしまうのは充分に分かった。

 私はフレア先生の誘いに大きく頷く。

「よかった! 約束よ!」

 フレア先生は嬉しそうに笑った。
 私も彼女につられるように、自然と頬が緩んだの。

 ちょっとだけ、周りの景色が明るくなった気がした。
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