サルビアの育てかた


 それから何時間経ったのだろう。たった一口だけハンバーグステーキを口にした俺は、食器すら片付けることもなくただ椅子に腰かけてぼんやりしたままだ。濡れていた頬はいつの間にか乾いている。

 暗い気持ちでいると、やがて玄関からドアの開く音が聞こえてきた。

「レイ……」

 自分でさえも聞き取れないほど小さな声量。

 真っ暗な部屋の電気がパッと明るくなる。暗闇の中にいた俺の存在に気づいたレイは、こちらを見て驚いたように胸を抑えた。

(ヒルス……どうしたの)

 まるでそう訴えているようだ。目を丸くして俺の顔を見る。

「おかえり……」

 自分でも驚くほど覇気のない声。
 レイは俺の顔とテーブルに並べられた夕食を交互に眺めている。冷めきったスパゲッティを指差した。

(ヒルスが作ったの?)
「これは気にするな。すごく不味いから」
(もしかして、私の分も作ってくれた?)

 目で問いかけてくるレイに対して、何も答えられない。

 手を洗いに行った後、彼女は俺の向かいの椅子に腰かけ、フォークを持ってスパゲッティに手を伸ばし始めた。

「まさか食べるつもりかよ」
 
 微笑みながら頷く彼女は、乾いたスパゲッティをぱくりと食べてしまう。
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