サルビアの育てかた
 彼女の返事に、一瞬頭が真っ白になってしまう。
 たしか叔父は、今日は仕事があるからと言ってホテルに戻ったはず。それなのに、なぜその叔父が彼女と食事を? レイはご馳走してもらったんだな?
 ……俺に隠れて二人は、何を話したんだ。

 先刻の叔父との会話がふと蘇る。

『今のお前じゃ、無理だな』
『レイを支えられない』
『いつまでもお前がそのままでいるなら、彼女はオレが引き取る』

 そうだ。彼女は俺の元から離れて暮らした方がいいというような話を叔父はしていたな。きっと、そのことを二人で話していたんだろう。レイもこんな俺なんかより叔父のジェイクと暮らす方がよっぽど良いということか。
 一人悟った俺は、彼女の顔を直視することができなくなり俯くしかなかった。

「……レイが、そうしたいならそうすればいい」

 口任せに出たこの台詞は、決して本心ではない。だけど彼女の幸せを考えると、そう言ってあげるのが正解なんだ。

 だがレイはというと──困惑したような表情をしている。
 ショートケーキをそっと差し出してきた。

「……っ」

 レイは何かを訴えてくる。

「今は、ケーキを食べる気分じゃないんだ。明日、叔父さんが来たら二人で食べるといい」

 わざと冷たい声で言い放つ。
 俺の胃袋はもはや何も受け付けてはくれない。テーブルに並んだ残飯を片付けてしまおうと椅子から立ち上がると、彼女は俺の横に来て腕を掴んできた。

「どうしたんだよ」

 一体何を伝えたいのか分からなかった。

 ──俺はこのとき、ふと違和感を覚える。先程からレイの心の声が全く聞こえてこない。

 いつもなら、互いに見つめ合っただけで相手が何を言いたいのかが自然に伝わってきて、心だけで会話を交わせることができるのに。なぜだか今は、彼女の気持ちがこれっぽちも響いてこないんだ。

「……っ!」

 レイは必死に口を動かしているが、掠れた声すら出てこない。心の声も俺のところには届かず、全く会話ができなかった。
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