サルビアの育てかた
 だけどこのとき。
 優しい風が、私の頬を撫でるようにそっと通りすぎた。冬なのにあたたかい、不思議な感触。静かに吹く風が何かを導くように、更地の奥を通りすぎていく。

 私の視線は自然とその方向に向けられた。

(……あれ?)

 風が指差した方向を見やり、私はハッとした。『あるもの』の存在に気づいたから。雑草の中に隠れているが、その綺麗な赤色の一部分がたしかに顔を覗かせている。

(……まさか。本当に?)

 荒れる心を忘れ、私はすっと叔父の腕から離れる。ヒルスの正面に立ち、ぐっと顔を覗き込んだ。未だに呆然とする彼の鎖骨下辺りに手を伸ばし、つんつん突いてみせた。

「な、何だよ?」

 首を捻るヒルスに対して、私は更地の方を指差した。彼は一度更地の奥に顔を向けるが、すぐこちらに目線を戻してしまう。

「どうかしたか?」

 今の彼には私の声は届かない。もどかしくて、私は首を大きく振った。声なき声で必死に言葉を放とうとするのに、喋れないからどうしようもない。

 しびれを切らせた私は、ヒルスの腕を強めの力で掴んだ。急ぎ足で更地の奥の方へと強制的に連れていく。

「何なんだ……わけが分からないぞ」

 疑問符を浮かべるヒルスをよそに、私はある場所でピタリと足を止めた。
 そこは、生前母がたくさんの花を育てていた花壇のあった場所だ。

「ここがどうかしたか?」

 ヒルスは雑草の方を少し見ただけですぐに私に目線を戻す。

 ──ちゃんと見て。

 声が届かないと分かっていても、私は再度雑草の奥を指差した。
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