サルビアの育てかた



「──レイに、頼まれたんだよ」
「えっ?」

 レイの出番が終わると、ジェイクはヒルスを連れて車に戻ってきていた。
 未だにヒルスは、彼女がこの大きな大会に出場できたことに驚いているようだ。しかし、レイのダンスを見る前と見た後では顔色がまるで違う。

 頬を緩ませる甥を横目で眺めながら、ジェイクは説明を続けた。

「ある日、突然レイに呼び出されてな。ついでに夕食も取ろうとパブへ連れて行った。そこで『ヒルスを元気づけるために叔父さんに協力してほしい』と書かれたメモを渡されたんだよ。レイは、この大舞台で自分が踊る姿をヒルスに直接見てもらえばお前の活力になると考えたみたいだぞ」
「そうだったのか……?」

 このロンドン大会に出場できるダンサーは、実力派でなければ相当難しいらしい。プロアマ問わず参加できるものだから、予選の時点で大半が落とされてしまうとも聞いたことがある。
 彼女はヒルスのために相当な努力をしていた。一日も欠かすことなく、ダンススタジオで踊り続けていたのだ。

 ヒルスもこの大会の厳しさをよく知っているのだろう。目を見張っている。 

「どうして黙っていたんだ?」
「お前をここに連れてくるまで秘密にしておけとレイに釘を刺されたんだよ。驚かせたかったんだと」
「とんでもないサプライズになったな……」

 首を横に振りながら、ヒルスは静かに息を吐く。なんとも幸せそうなため息だ。

「レイはダンススタジオのインストラクター二人に、毎日レッスンを受けていたみたいだぞ。ほら、姉さんたちの葬式にも来ていたオールバックの男の人と、背が高いスラッとしたあの女性……」
「もしかして、ジャスティン先生とフレアのことか?」
「ああ、そうそう。レイは先生たちと一緒に相談して、お前がどう立ち直れるかプランを立てたみたいだ。話し合った末、この大会に出場してレイが最高のダンスをお前に見せつければ一番刺激になると思ったらしい」

 ヒルスの頬はたちまち赤くなる。

 ──もう、誰もが分かっていることだった。ヒルスとレイはお互いがお互いを支え、なくてはならない存在になっているのだと。この二人が離ればなれになってしまったら、悲しみや苦しみから救い出せる糸口がなくなってしまう。
 姉の大切な娘を苦しめるならば、いっそ二人を引き離した方がいいと思った。だがその考えは、大きな間違いだったようだ。彼らがお互いを想う様を目の当たりにし、ジェイクは心底思い知らされる。
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