サルビアの育てかた


 ロンドン大会から数日が経った。
 いつものように私はヒルスの部屋を訪れる。

 バルコニーには、母が遺してくれた『サルビア』の種から生まれた花がたくさん咲いた。水をあげるのも欠かさない。
 花たちのお世話を終えてから、キッチンで食事の支度をした。バタートーストを焼き、ヒルスと向かい合って朝のひとときを噛み締める。
 なんでもない、いつもと変わらない朝。
 だけどヒルスは、とても幸せそうな笑みを向けてくれる。彼の笑顔を見るだけで、私も元気をもらえた。

 今日もヒルスは、朝からダンススタジオで練習をしに行く。私は練習が午後からだから、彼を玄関まで見送ることにした。

「それじゃあ、先に行ってくるよ」
「うん、気をつけてね。午後からアクロバット技をジャスティン先生に見てもらうんだよね?」
「ああ。今日こそは全部成功させて、指導に戻りたい。午前中はひたすら自主練習だよ」
「そっか。今のヒルスなら大丈夫だよ。私も応援しにいくね!」

 笑みを溢し、こくりと頷くヒルス。だけど──彼は、こちらをじっと見つめながら立ち尽くしてしまった。もう出発の時間なのに。

「どうしたの? ヒルス、行かないの?」
「いや……行くよ」

 と言いつつ、なかなかドアを開けようとしない。
 忘れ物かな?
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