サルビアの育てかた



 女性はとても困惑していた。しかし、男は長年抱えていた自分の気持ちに嘘をつくことが出来なくなっていた。
 困り果てる彼女を強く抱き締め、耳元で男は囁く。

「君が好きだ」
「……でも、私はあなたと結ばれてはいけないの。私は敵から送られてきたスパイなのよ」
「それでも僕にとって、君は世界一愛おしい女性(ひと)だ」

 男はそう言うと、腰に携えていたナイフを震えながら彼女に手渡す。

「僕の愛が君を困らせてしまっている。どうかそのナイフで、この心臓を突き刺してくれないか? そうすれば君は、この苦しみから解放されるだろう」

 男は瞳を閉ざし、全てを捨てたように両腕を大きく広げた。そんな彼の行動を見て、女性は大粒の涙を溢す。
 震える手でナイフを握りしめ──

「あなたがいなくなる方が苦しいに決まってる!」

 そう叫ぶと、ナイフを遠くの方に投げ捨てた。

「私だってあなたが好きなの。誰よりも愛しているの!」

 女性の言葉に男は両手を下ろし、優しい眼差しを彼女に向ける。
 こうして壁を乗り越えた二人は、その後結ばれたんだ。  


 ──映画を観終わったあと、レイはしばらく感動の涙を止められない様子だった。彼女にとって、今日の映画の内容はものすごく心に刺さったようだ。俺がハンカチをさっと手渡すと、レイは止まらない涙を拭き取る。
 ……愛し合っているのになかなか結ばれない男女の物語か。なんだかどこかで聞いたことがある話だな。
 俺の心の中が火照っている。

 今日は十二月十八日。大好きなレイの十七回の誕生日だ。彼女にとっても俺にとっても大切な一日。
 だが、実のところレイの誕生日ははっきりとした日付は分かっていない。この日はシスターがレイを保護したのであって、生まれた日ではないんだ。
 それでも、今日はとても大切な日。レイが楽しんでくれるように、俺は彼女のどんな要求にも答えてあげたい。

 映画館から出ると、雪が降ってきそうなほどの寒さだった。
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